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秋刀魚うまいかしょっぱいか。日本近海の秋刀魚漁について [経済]

そろそろ秋刀魚が出回る季節。近年は漁獲が不安定で、値段も上がっているようです。そんな秋刀魚漁の現状について指摘した記事が面白かったのでシェアします。

【参考記事】
https://news.yahoo.co.jp/byline/katsukawatoshio/20170825-00074903/

秋刀魚が不漁になると、まことしやかに報じられるのが、日本のEEZ(排他的経済水域)外での外国漁船(中国、台湾)による乱獲です。ただ、記事が示した研究結果によれば、秋刀魚の資源量全体はまだ余裕があり、現時点では、外国船の影響はあったとしても限定的だそうです。むしろ、日本方面への秋刀魚の来遊そのものが減っていることと、日本近海の水温が高く、秋刀魚が寄り付きにくい環境であったことの影響の方が大きいとのこと。

とはいえ、今後も秋刀魚の来遊が増えなければ、日本の秋刀魚漁が打撃を受けることは間違いありません。また、秋刀魚の資源量を安定的に保つことは大切であり、資源が枯渇してから遅すぎます。その意味では、韓国・台湾との間で、漁業規制を共有する必要があるでしょう。

ただ、記事によれば、このよう漁業規制については、日本の対応にも問題はありそうです。

具体的には、2016年段階で、日本は約27万トンの漁獲枠を設けていますが、実際の漁獲量は11万トン。現実には取りきれないほどの漁獲枠を設けており、資源保護の観点からは意味不明です。加えて、このような巨大かつ架空の漁獲枠を前提にした外国との交渉は、日本のエゴと言われても仕方が無い側面があります。記事の言葉を借りれば、『「日本はこれからもサンマを沢山獲るので、他の国は漁獲を増やさないでくださいね」という身勝手な提案』となります。

あはれ
秋風よ
情〔こころ〕あらば伝へてよ
――男ありて
今日の夕餉〔ゆふげ〕に ひとり
さんまを食〔くら〕ひて
思ひにふける と。

(佐藤春夫 秋刀魚の歌)

香ばしく脂の乗った秋刀魚の塩焼。すだちをギュッと絞り、辛めの大根おろしとともに頬張る。そんな情景を思い出すだけで幸せな気持ちになります。秋刀魚漁業が持続可能なものとなるよう、どうか、対内的にも対外的にも知恵を絞っていただきたいものです。

【参考記事】
https://news.yahoo.co.jp/byline/katsukawatoshio/20170825-00074903/
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最高法規憲法を研究する憲法学。その現状と限界は? [政治]

国際政治学者が憲法学者について批判的に記述した記事がユニークだったのでシェアします。

【参考記事】
http://blogos.com/article/241398/

この記事を含む一連の記事で、筆者は、違憲審査権を持つ最高裁判所ではなく、内閣法制局や憲法学者の解釈が優先される現行の憲法解釈の議論に疑問を呈し、憲法学者に対し外交政策の研究を促しています。その見解には賛否あるでしょうが、他の法分野と比べ、憲法学が他分野と没交渉になりがちであり、よく言えば純粋、悪く言えば独善になる危険が多いことは、否定できないと思います。

例えば、ビジネス法の分野では、実務で使えない法解釈であれば、いかに論理的には美しくても、相手にされないでしょう。だから、研究者と実務家との真摯な意見交換が重要になります。程度はあれど、刑事法や行政法の分野も同じです(刑事法はやや怪しいかな。。。)。ところが憲法には、それを実際に活用している実務や現場が相対的に少なく、憲法だけで自己完結的に考えることも、不可能ではありません。

いきおい、憲法学の立場からは、憲法学内のみで正しいことが、そのまま、例えば安全保障問題でも正しいことだと主張されがちです。しかし、そこには軍事的な常識を含む、安全保障での研究の蓄積が無視されている懸念があります。憲法をもっと政治や経済に活かしていくには、憲法学者が他の専門家ともっと意見を戦わせ、憲法学の外へその主張を問うていくべきだと思いますし、我々も、憲法の専門家としての学識を敬いつつ、具体的な政策面におけるその限界について、意識しておくべきだと思いました。

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雑感、星新一 [読書]

ショートショートは、本読みとして、一度は経験する道なのだろう。

出会いは、中学校の国語の教科書にあった、「繁栄の花」。
オチのごろ合わせとブラックさに、子供ながら、戦慄に似た気持ちを抱く。

それから、「ボッコちゃん」、「ノックの音が」、「宇宙のあいさつ」、
「マイ国家」、「ようこそ地球さん」等々、大学まで立て続けに読んだ。

ショートショートが面白いのはもはや当然だが、ノンフィクションもよい。

「明治・父・アメリカ」や「明治の人物誌」は、
坂の上の雲を追う明治日本の群像と、父親である星一の姿が活写される。

父の事業失敗を物語る「人民は弱し 官吏は強し」では、
政争に巻き込まれた星一が、内務官僚の抵抗で許認可が得られなくなる
様子や、無実の阿片令違反で刑事被告人にされてしまう姿などが、
淡々と語られる。

父親の悲運を記しながら、憤懣を極力抑えた客観的な筆致が、かえって凄まじい。

今回改めて思ったのだが、星新一は、平明な日本語を連ね、 読者を異界へ導く。
ある評者がその文体を金平糖の上品な甘さに例えていたが、 それでは足りない。

金平糖ならば、その中にaddictiveなドラッグが仕込まれたボンボンに、 違いない。
酒飲みの言葉でいうなら、澄み切った冷たいウオッカだろうか。

口当たり良くページをめくれば、いつの間に酔い痴れている、みたいな。

久しぶりの星新一を読みつつ、いつの日か、危険さに気がついた大人が、
ショートショートを18禁にするのではないかとも思う。

むしろその方が、星新一にとって本望ではなかろうか。なんて。

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何をどこまで期待する?老いた豪腕小沢一郎氏 [政治]

安倍政権に代わる受け皿として、小沢一郎氏を軸に、小池百合子都知事を総理大臣として想定するという記事があったので参考までにシェアします。

【参考記事】
http://blogos.com/article/240152/?p=1

93年の細川政権、2009年の鳩山政権といった、非自民政権への政権交代の中心にいた小沢氏に、一抹の期待をしたい論調は、分からないでもありません。ただ、小沢氏が現在の政権交代の中心となるには、いささか難しいのではないかと思います。理由は、小沢氏周辺の人材不足です。

小沢氏の政治手法は、薫陶を受けたであろう田中角栄氏の、「政治は数であり、数は力、力は金だ」という言葉を地でいくものだったと思います。民主党政権時代、小沢氏は、いわゆる「小沢チルドレン」と呼ばれた議員たちによって数を確保することに成功し、加えて、多くの側近議員に囲まれていました。

しかし、藤井裕久氏をはじめとした実績ある議員が、次々に小沢氏の下から離れ、金銭スキャンダルもあり、徐々に影響力を失っていきます。その過程で、チルドレンや側近は、党内を説得することができず、世論の支持を得ることもできず、ただ大声を上げるのみで、結果的にあまりに無力でした。

結果だけ見れば、皮肉にも、小沢氏が得た「数の力」は、文字通り議員の頭数だけであり、議員個人の能力や個性を捨象したものだったのではないでしょうか。そのためか、小沢氏は、「数の力」そのものも失うことになって、現在に至るのではないかと思います。

ともあれ、小沢氏は、現代の日本政治史に残る政治家であることは、間違いないでしょう。その知見や手法には、反面教師的なところも含め、まだまだ学ぶべきところが多いはずです。小沢氏におかれては、いたずらに政権交代の「夢」を語るのではなく、自分の知見や政治思想を受け継ぐ後継者を、きちんと育て上げていただきたいと個人的には思います。

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週刊誌、残影 [日常]

月村了衛さんの連載小説、『東京輪舞』にちょいと一噛みしたご縁で、しばらくの間、
『週刊ポスト』が届けられる生活が続いている。

せっかくとはいえ、根が怠惰なもので、正味の話、ほとんど記事を読む気がしない。

グラビアと政治と野球と芸能の話がメインで、たまに健康やお受験、あとは連載小説や、
コラム、エッセーなど。ところどころ、over60の熟年AVの広告が光る。

『東京輪舞』を除けば、敢えて読むのは、国友やすゆきの漫画くらい。

おそらくこの手の週刊誌、ターゲットはそれがしのような中年男性のはずなのだが、
どうも食指が躍らない。なんか、見出しだけでお腹いっぱいになってしまうのである。

もう少し寝かせてから読めば、また違う印象にでもなるのだろうか。

そんな思いを抱きながら、これからやってくるであろう週刊ポストを、何とはなしに、
待ってみる日々なのである。

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