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加計問題は政治主導の仇花か?! [政治]

総理の関与や元文科次官の素行、様々な文書の真偽、果ては国家戦略特区制度自体の是非など、幅広い論点が問題になっている加計学園問題ですが、「首相の権力VS官僚支配」というユニークな切り口で解説した記事があったのでシェアします。

≪参考記事≫
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20170606-00130674-diamond-soci&p=1

90年代の行政改革などを通じ、首相および官邸の機能は著しく強化され、その分責任も明確になりました。それまでの内閣が、省庁間の縦割りとそれと結託したいわゆる族議員などによってリーダーシップを発揮することが出来ず、国家の意思決定として大きな課題となっていたことの反省に立ったものです。

官僚支配から脱するための「政治主導」として、この改革は、小沢一郎氏をはじめ、現在野党にいる政治家の多くもその推進に尽力し、かつ賛成してきました。その意味では、安倍総理や、菅官房長官をはじめとする官邸が政策の前面に立つ今の「安倍一強」という現状は、制度上予定されていたものと言えるでしょう。

おそらく、この制度を元に戻して族議員と官僚による縦割り体制にしたいと思う人はいないはずです。しかし、現在の制度の運用で、加計学園関連で明らかになった問題として、一つが、説明や対応における政権側の軽率さ、もう一つが万年野党として政府批判のみに終始する野党の姿勢を筆者は挙げています。

確かに、現在の野党は政府攻撃に終始し、自分達がどのような政策でどのように政権を運用するのかの説明は無いため、多くの国民にとってそもそも選択肢になりえていません。また、政府与党が軽率でいられるのも、野党が選択肢にではないことを見透かしているからでしょう。

加計学園問題のような事柄が国会で優先され、地道な政策や法案の審議が遅れるのは、国家にとって損失です。

政府は違法性が無いのであれば、真摯にその旨を説明すべきだと思いますし、野党は、安倍政権にダメージを与えるという不毛な行為に現を抜かすだけでなく、まず自分達が政権を担える存在であることを示し、政権に緊張感を与えるべきだと思います。

いわゆる共謀罪と法改正プロセスの在り方、伝え方について [政治]

いわゆる共謀罪の内容を含む、組織犯罪処罰法の改正に関する議論が国会で始まろうとしています。共謀罪そのものの是非はさておき、個人的に感じたのは、この法律を所管する法務省は、法律に関する技術的なことは詳しいかもしれないけれど、法改正自体は下手なのかなという思いです。

それは、今回の改正の必要性が伝わってこないからです。

現在の法改正のオフィシャルな理由は、国際条約の批准のためです。刑事司法や犯罪に近しいとは言えない人々にとっては、この理由、理解できなくはないものの、腑に落ちるとは言い難いのではないでしょうか。

また、法改正に伴う論点といえば、対象が犯罪組織か一般人かというような枝葉末節の議論や、さもなくば、治安維持法の再来かそうではないのかというレッテル張りとその否定、もしくは対象犯罪の範囲といった技術論に終始しているように見えます。

おそらく、何より重要なのは、共謀罪のような規定が無いことによるデメリットを、様々なケースを通じ、理性と感情に訴えかけることではないでしょうか。

ちなみに、

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ルーツは公害対策から?いわゆる「ゼロリスク」の呪縛と弊害 [政治]

築地市場の豊洲への移転問題や、原発事故の放射線の影響などで求められることが多い、絶対的な安全と安心、いわゆる、ゼロリスクの声。そんなゼロリスクにまつわる問題を指摘した記事が面白かったのでシェアします。

記事では、豊洲における地下水汚染の問題や、BSE(いわゆる狂牛病)問題における全頭検査、福島第一原発事故に伴う放射線量などの例を挙げ、現場では誰もがホンネでは「ムダ」と思っている作業や公費負担が、他のリスクやコスト負担を考えないゼロリスクを求める姿勢によって、惰性で続いてしまう事実を示しています。

そしてユニークなのが、このようなゼロリスク呪縛の背景に、過去の公害問題への対応があり、特に指導者層がそれに囚われているという指摘です。

確かに、水銀に起因する水俣病など、摂取経路や因果関係、そして発症の閾値がある程度明確なものについては、ゼロリスク的な考え方で原因物質を排除することは合理的だったのだと思います。しかし、年間1ミリシーベルトを求める福島での除染作業や、使用しない地下水にまで厳しい環境基準を要求することは、他のリスクへの対応と比較して、あまりに多額のコストとなると考えられます。

日本の富が無尽蔵であればそれでもよいでしょうが、そのコストのために、機会費用として、実現をあきらめざるを得ない他の社会的な価値もあるはずです(福祉や教育の財源など?)。

ゼロリスクを主張する指導者は、確かに威勢がよく、かっこよく見えます。一方で、社会全体の費用便益を考慮したり、リスクがあるべきことを語ったりする指導者は、どうしても話が曖昧で、優柔不断に見えてしまいます。しかし、ゼロリスクの主張に対しては、その背後に他の分野でどれだけの機会費用がかかっているかを考えるべきでしょうし、社会全体の費用やリスクの存在については、それが科学的な根拠に基づいている限りにおいて、有権者は判断の一材料とすべきです。

リスクをどこまで許容するか、問われているのは、民主主義における指導者と有権者の成熟なのだと思います。

≪参考記事≫
http://wedge.ismedia.jp/articles/-/9429

政局よりも国家の現状分析として。長島昭久氏の民進党離党 [政治]

安全保障などの論客として知られ、首相補佐官や副大臣を歴任した衆議院議員の長島昭久氏が、所属する民進党を離れることとなりました。

会見録からは、安全保障問題や、TPP、秘密保護法制等、原案を強引に通そうとする与党の「粗雑な保守」と、何でも反対「不寛容なリベラル」との、いわば極論と極論の間で揺れ動き悩んだ様子がうかがい知れます。

都議選直前というタイミングや、政党票が中心である比例代表での復活当選にも関わらず議員辞職の意向はないことなどから、野党支持者から批判が大きい一方、与党からは早速ラブコールがかかるなど、その動向が注目されているようです。ただ個人的には、そのような与野党の政局事情よりも、むしろ、独善的な与党と徹底抗戦・廃案路線の野党の間で完全に分断され、熟議も建設的な議論も政策調整もできないという国会の現状指摘を面白く感じました。

おそらく、与野党ともに、対話を拒否し、強硬路線を取った方が支持層に受けがいいのだと思います。しかしそれでは、数に勝る与党の意見が通るのは自明であり、野党には屈折したナルシシズムしか残らないことになります。野党に必要なのは、与党の意向がある程度通るのを見越した上で、どこまで与党の政策が及ぼす悪影響を防ぐか、譲歩を引き出す力でしょう。もちろんそれは、強硬意見を声高に述べることに比べれば、カッコよくはありません。でもかつて、90年代の金融機関の不良債権処理では、いわゆる政策新人類と言われた当時の若手・中堅議員が、与野党の垣根を越えて議論し、法改正を実現しました。

それから約20年。与党支持者も野党支持者も、強硬論を唱えるカッコよい政治に少しは疑いの目を向けるべきなのではないかと、長島氏の離党を通じて思いました。

≪参考記事≫
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170410-00000007-wordleaf-pol&p=2

経緯はやはり藪の中!?豊洲市場を巡る百条委員会 [政治]

築地市場の豊洲移転を巡る問題で、当時の意思決定の責任者である石原元都知事が、都議会の調査特別委員会(百条委員会)で証人として証言しました。

石原氏は、豊洲移転を決断した責任は認めたものの、個々の事実関係の多くについて「記憶に無い」と繰り返したことから、移転の意思決定過程が明らかにされたとは言えず、委員会は空振りに終わったといえそうです。前に行われた浜渦元副知事の証言なども合わせると、豊洲移転の意思決定自体は、問題はあるにせよ、必ずしも違法とは考えられません。加えて、石原氏や浜渦氏もすでに東京都の役職を離れていることから、何か公的責任を問うことはおそらく困難です。その意味では、過去の事実確認や責任追及には、やはり限界があると考えた方がよさそうです。

さて報道などによれば、築地市場はすでに老朽化が進み、客観的な安全性が疑問視されています。一方で、移転候補の豊洲市場は、すでに耐震性などには問題は無く、築地市場よりは安全が確保されているという新たな施設が建設されています。にもかかわらず、地下水から環境基準を超える有害物質が検出されたことから、消費者視点で安心とは言えないと指摘され、移転が宙に浮いたままになっているのが現状です。

過去の経緯もそれなりに大切ではありますが、何より重要なのは、食品市場をこれからどうするかという、未来の問題のはずです。現在すでにかなりの程度損なわれたブランドイメージをどう回復し、さらなる安心・安全な食品流通をいかに合理的なコストで実現させるのか。都議会と小池都知事には、過去の責任追及で人々の溜飲を下げるだけではなく、食品流通の未来に向けた具体的な取り組みを期待します。

都民ファーストの中身が、改めて問われることになるのではないでしょうか。

【参考記事】
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170320-00000066-jij-pol