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【フィクション】崩壊の予兆 [フィクション]

現場は憂いていた。
最近の本部は、おかしい。

まず、業務の量が等比級数的に増えた。
明らかに不要と考えられる業務も、消化を余儀なくされた。
また本部の指示は不規則で、しばしば急な業務に苛まれた。

また、業務の中身も変わった。
処理が困難なものや、危険を伴う業務が増えたのだ。
特に、劇物の取り扱いには悩まされた。

さらに、過誤に基づく本部の指示さえあった。
業務がないにもかかわらず、作業の指示がくるのだ。

本当に、休む間もない。

それでも現場は粛々と業務の処理にいそしんだ。
ただ、現場の能力にも限界がある。
業務が滞ったり、事故が頻発したりした。
かような現場の状況は、確実に、
組織全体の機能を低下させた。

現場は散発的に本部に陳情を行い、
陳情は徐々に激しさを増していったのだが、
本部の指示が改まることは、なかった。

本部は、おかしい。

現場には少しずつ絶望の気配が漂い始めた。
作業をサボタージュする者も出て、
その徒党は日々増加し、無視できない規模となっていった。

もうこの組織も、長くないかもしれない……



ある日男は、医師の診断を受けた。

男は有能だった。
昇進するたびに付き合いも増え、酒量は増した。
また飲んだ後、深夜に食べるラーメンは、男の大好物だった。

仕事の責任は重く、ストレスを感じることもしばしば。
そのためか、最近、胃が痛くなることがあった。

胃だけでなく、実は体調全般もよくなかった。
男はそれを、自分の年齢のせいだと思っていた。

周囲のすすめもあり、
男は3ヶ月かけてスケジュールを調整し、
ようやく、医師の診断を受けることにしたのだ。

診断結果は、

末期の胃ガンだった。

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自由の代価 [フィクション]

蝶は先程からあがいていた。

好物の花のところに飛んでいこうとしたら、
突然、身体ががくんとが止まってしまったのだ。

周りを見れば、極彩色の羽に透明な粘つく糸。
蜘蛛の巣に引っかかってしまった。

あがけばあがくほど、
糸は羽にまとわりついてくる。
そして巣を伝う振動は間違いなく、
巣の主を起こすことになるだろう。

でも蝶は、あがかずにおれなかった。
一縷の可能性に、かけたのだ。

だが、主は、目覚めた。
八本の足でひょいひょいと、
滑稽にすら見える動作で蝶に近づく。
牙からは透明な唾液の滴りすら見える。

蝶はもがき、あがき、身もだえし、よじり、震え、
はばたき、とにかくあらん限りの抵抗を示した。

が、蜘蛛の接近を止めることは出来ない。
蜘蛛の顎の鳴る音までが聞こえてきた。

蝶は恐怖に戦きながらもわが身を動かし続けた。

蜘蛛の足が、牙が、まさに蝶に突き刺さろうとしたとき、

蝶はふっと、わが身が浮かぶのを感じた。
蜘蛛の牙と足は空を切った。

やった!!私は自由だ!!!

蝶は空想の中で懸命に羽ばたきながら、
虚空に落ち、地表に叩きつけられた。

蜘蛛の巣には、
食事をし損ねた主と、
極彩色のちぎれた羽が残されていた。

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皇帝の憂鬱 [フィクション]

皇帝は倦んでいた。

この国を襲った内乱は10年以上前に平定された。
また、優秀な軍人たちは内乱平定の余勢を駆って、
周辺の夷荻の討伐にも成功した。

国内外の平和は、経済の活性化をもたらし、
民の暮らしは年を経るごとに豊かになっていった。

試験で厳選された清廉にして優秀な官吏たちは、
治安維持や経済の秩序の確保にそのもてる力を存分に発揮し、
無能な者や不正を犯した者は速やかに失脚した。

こうして、皇帝はただ、政権安定の象徴となった。

彼は自由にして万能であったが、
ただ一つ、彼に不自由なことがあったとすれば、
自ら死を選ぶことであった。

彼にはまだ子供がいなかった。
また、後継者と目される重臣もいなかった。
後継者のいない皇帝の死は、政権の不安定につながり、
最悪の場合には、血で血を洗う内乱が再発する。

だから彼は死んではならない。

こうして、皇帝は、自ら死を選ぶ以外、
この世界のあらゆる楽しみを享受し尽くした。

だから、皇帝は倦んでいた。

そんな皇帝を心から不憫に感じている者がいた。
彼の寵姫であった。
寵姫は夜な夜な、皇帝の倦んでいるさまを、
枕元で聞かされてきた。
愛する皇帝のため、彼女は、一計を案じることにした。

寵姫は、叔父である将軍に相談をもちかけた。
皇帝の気晴らしを兼ね、名山で、
大々的な祭祀を執り行ってはどうか、と。

将軍は、最初乗り気ではなかったが、
武勲を立てられないこの平和な時勢で、
自分の得点稼ぎができると計算し、寵姫の勧めに従った。

喉から手が出るほど気晴らしのほしい皇帝は、
将軍の奏上を認め、
祭祀は執り行われることとなった。

祭祀の日は、素晴らしく晴れた。
新緑の季節、山は青々しく輝いていた。

名山のいただきに高くしつらえられた祭壇は美々しく飾られた。
後宮の美女たちは、天女をあしらって色とりどりに装い、
祭壇の隅で出番を待った。もちろん、寵姫はその先頭。

やがて、重々しい音曲とともに、皇帝が祭壇に登ってきた。
皇帝は、最上級の礼装に身を包み、
その絢爛さは後宮の美女たちを集めたものに勝るほど。

祭祀が始まった。

皇帝は祭壇の端の台に上がり神々たちに祈りをささげ、
後宮の美女たちは、その後ろを歌い踊った。

皇帝の祈りの声が最高潮に達するとき、
後ろの美女たちの舞踊の隊列が乱れた。

寵姫がまっすぐ皇帝に向かって走り出したのだ。
寵姫は、そのまま皇帝に突進し、体当たりした。

皇帝は、大きくよろめき、たたらを踏みつつ、
やがて、絢爛な礼装をはためかせながら、
名山の谷底へ落ちていった。

そのすぐ後を、寵姫が、まるで飛べない天女のように、
ひらひらと谷底へ落ちていった。

祭祀に居合わせた下々の者は、そのとき、
これまで聞いたこともないほどの皇帝の笑い声を聞いた。

『冒険者』の『酒場』 [フィクション]

『酒場』でカウンターの隅に腰掛けながら、
俺は、若い連中のやりとりを見ていた。
何やら、『おやじ』ともめているらしい。

どうせ、
『酒場』の『おやじ』から紹介された仕事の、
割りが悪いって話だろう。

『勇者』じゃあるめいし、
仕事をもらえるだけありがたいと思え。
俺は連中に聞こえないよう、
小さな声で毒づく。

『冒険者』になったからって、
すぐにでも『勇者』になれるわけじゃない。
『勇者』になって富と名声を手に入れるヤツなんて、
ほんの一握りだ。
小さな仕事を通じて金を貯め、『技』を磨き、
少しずつ、大きな仕事をする力を蓄える。

後は、
いつくるか知れないチャンスを、
じっと伺うっていう仕組み。

つまりは運次第なのだ。

だが大方は、日銭稼ぎの小さなに汲々として、
あっという間に年をとってしまう。
俺はしわだらけになった自分の手を、
じっと見つめた。

俺には、日銭稼ぎの仕事すら、
しばらく回ってきていない。
『勇者』どころか、生きるのもカツカツだ。

俺はコップになみなみつがれていた、
安酒をあおった。
頭の中が回り始め、
いろんな記憶が入れ替わり立ち替わり。

いつしか俺は、まだ若かった時代、
『酒場』や『冒険者』という言葉がなかった、
遠い昔を思い出そうとしていた。

その頃は、
『冒険者』のことを『フリーター』といい、
『勇者』のことを『勝ち組』とかいい、
『酒場』のことを『ハローワーク』と言ってたっけ。

そんな言葉が一瞬脳裏をかすめたが、
俺は眠くなってカウンターに突っ伏してしまう。

芋坊の話 [フィクション]

ある村のはずれの小屋に、不具の男の子が一人住んでいた。

不具の子は、言葉を話せず、手足が動かず、這い回ること
しかできず、いつのころからか、「芋坊」と呼ばれていた。

そんな芋坊を、村の人々はみんなで可愛がっていた。
食べ物を差し入れたり、歌を聴かせたり、祭りのときは、
村の皆で芋坊を抱えて、踊りを見せてやったりしていた。

その代わり、村の男や女は、困ったことがあると、芋坊の小屋に
行ってひとしきり話をしては、さっぱりして家に帰ったものだった。

そんな芋坊は、いつも春先と秋口になると、とても悲しく
なった。村のみんなが田植えや稲刈りをするのに、自分だけ、
働くことができない。自分だけ、働かずに、ご飯をもらって
いることを、芋坊は密かに深く深く恥じていた。

あるとき、芋坊が昼寝をしていると、お地蔵様が現れた。

「おい、芋坊。お前は心が綺麗だから、願いを一つ叶えてやろう」。

芋坊は這いずりながら思った。

(おらに動ける手足をくだせえ)

お地蔵様は頷くと、どこかに消えた。

目が覚めると、芋坊は、立って歩けるようになっていた。
小屋を出て、村長に手を振った。はじめはたまげていた村長だが、
それが芋坊だと気づくと、とても喜んだ。

芋坊はそれからとてもとても良く働いた。泥にまみれて汗を流す芋坊に、
村の娘っ子や嫁っ子たちは、いつしか見惚れるようになった。

ある夜、村長の後妻が芋坊の小屋に忍んできた。芋坊は何が何だか
分からなかったが、次の日、村長の家で物音がしたと思うと、さんざんに
打たれた後妻が走って村を逃げ出してしまっていた。

それから、段々と村人達が、顔を合わせば、お互いに罵るようになった。
罵りあわなくても、むっつりだまり合っていることが多くなった。
祭りも、行われなくなった。

芋坊はただ、働くことが楽しかった。

村長と村の男衆は、芋坊を除いて、三日三晩話し合った。その日の
夕暮れ、村主と、村の屈強な男達が、芋坊の小屋にいった。そして
芋坊を囲んで皆で土下座して泣きながら言った。

「芋坊、みんなのために芋坊にもどってくんろ」

芋坊は、男達の様子がただならぬことを感じ、小さく頷いた。

その刹那、男達は芋坊に跳びかかり、芋坊の手足を折った。
芋坊は痛くて痛くてたまらなかったが、「みんなのため」と
思うと、歯を食いしばって耐えた。

芋坊は、「芋坊」に戻った。

村人たちは、一生懸命芋坊の看病をした。そして、昔のとおり、
食べ物をあげたり歌を歌ってあげたりした。祭りも、また行われる
ようになった。

村が、かつての村に戻っていったとさ。

めでたしめでたし。

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