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【読書】ペニンシュラ・クエスチョン [読書]

『ザ・ペニンシュラ・クエスチョン』(船橋洋一)がやはり面白い。

小泉訪朝前後から2000年代半ばころにかけての、朝鮮半島外交のクロニクル。
日、米、韓、中、露、そして北朝鮮。プレーヤー達の思惑が交錯する。

北朝鮮の核開発に際し例外を認めない不拡散派と、
柔軟な関与政策を模索する地域派が対立し、対応が二転三転するアメリカ。

絶大な影響力を保持しながらその維持のために強硬に出られない中国。

小泉訪朝で正常化に大きな一歩を踏み出しながら、
拉致問題で紛糾した世論を収拾できない日本。

ナショナリズムの高揚で、日米との関係悪化を余儀なくされる韓国。

そして、小泉訪朝や六カ国協議という近隣国との関係改善の機会を、
一貫して失い続けた、北朝鮮。

北東アジアに蔓延る相互不信という基調低音に、
いささか暗い気持ちになる。

普仏戦争、2度の世界大戦で仇敵となったドイツとフランスが、
どのように手を携えてEUの中核になったのか、欧州の例を紐解きたい気分。

さて、『通貨烈々』も『同盟漂流』も、船橋洋一氏のノンフィクションは、
超人的な英雄が作るのでもなく、個人が時代の流れに埋もれるのでもない、
リアルな歴史であるように感じる。

あえて例えるならば、こっくりさんか。

各プレーヤーの指は真ん中の硬貨に様々な力で働きかけるが、
硬貨は、彼らの思いもよらない姿を描いてみせる。

彼らの現場で必要なのは、心地いい、カッコいいスローガンに酔わず、
不愉快な状況に耐えて物事を進めるスタイルなのだろう。

巷に流れるカッコいい言葉達に、わずかばかりの疑いを。
そんな気持ちにさせられた。

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【読書】消された一家~北九州連続監禁殺人事件~ [読書]

年末年始には、『消された一家~北九州連続監禁殺人事件』を読んでいました。作者の豊田正義さんには少し面識があるので、何となく読むのを控えていたのですが、大変興味深く読み終えました。

一人の男のマインドコントロールにより、最初の事故死をきっかけに、殺しあう父、母、娘とその夫と孫達。殺すだけでなく、証拠隠滅を図った遺体処理。主犯の松永死刑囚は、暴力と虐待で文字通り「忖度」させることで、自分の手を汚さずに、人々を追い込んでいきます。そこには、松永死刑囚はじめ、人間が持ちうる限りの弱さ、哀れさ、残酷さが凝縮されているように感じました。

また、同じ人間である以上、自分の中にも、この事件関係者のような弱さや残酷さが同居しているのだと思います。自分が被害者、あるいは加害者になりそうになったとき、どうするだろうか、自分の中に問いかけずにいられませんでした。

ともあれ、これだけ複雑で陰惨な事件を文庫本一冊にまとめ、かつ読みやすく分かりやすく書く豊田氏の力量には、率直に感嘆させられます。残酷な描写が苦手な人にはお勧めできませんが、人間の一つのあり方を考えさせるには、良書だと思いました。その意味では、大人の道徳の教科書なのかもしれません。

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【読書】東芝解体-電機メーカーが消える日- [読書]

かつては、半導体や白物家電で世界を席巻した日本企業も、今は見る影も無いといっても過言ではありません。電電公社と東京電力を介した国策マネーの流入が減り、独自のビジネスモデルを持たざるを得なくなった日本企業がどこで失敗し、どう生き抜いてくのか。

企業ごとの特色もあるのですが、全体的に、経営層の判断や意思決定の誤り、経営層内の意見相違に伴う内紛が、大きな影を及ぼしている印象です。日本の人材育成の仕組みを、経済状況に適合させることができていないことを強く感じました。著者は、この本を日本企業の『失敗の本質』になぞらえており、やはりトップマネジメント層育成の課題は、時代を超えて存在するのでしょう。

タイトルは東芝ではあるものの、NEC、日立、シャープ、ソニー、パナソニック、富士通、三菱電機など、日本の電気産業の栄枯盛衰を簡潔にまとめてあり、産業地図の動向をざっと知るには良い本だと思います。各企業についてもっと深堀して調べてみたくなります。

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人為と自然と疑似自然 [読書]

『デフレ不況をいかに克服するか ケインズ1930年代評論集』読了。

世界恐慌を中心とした大戦間期の欧州の経済状況に、即応すべき経済政策を説く。

政府の財政出動はもちろん、公債発行による公共投資のタイミングや、低利子率に
関する議論、自由貿易と保護貿易の得失、人口減少が経済に与えるインパクトなど、
今日でも取り上げられる論点。

一般向けの講演や評論を集めており、主著の『雇用・利子・貨幣の一般理論』と
比べて、結構読みやすかった。

基調には、個人の利益追求が市場を通じて最適な資源配分を生むという、古典派
経済学への信仰に対する痛切な批判が流れている。例えば、デフレ期における節約
キャンペーンのように、個人の経済活動にとって最適な行為が経済全体を損ねる、
いわゆる合成の誤謬などなど。

ケインズは、市場の機能を認めつつも、理想的な資源配分のためには、政府ないし
中央銀行の介入が必要と主張する。例えば、フランクリン・ルーズベルト大統領の
ニューディール政策に対し、景気の「回復」と経済の「改革」の二つの意義がある
ことを認めつつ、大恐慌直後の経済政策としては前者に注力すべきという提言を
行っている。

このような経済活動への介入は、ハイエクからは「隷従の道」として批判されかね
ないものである。ただ、ケインズの言動を読む限り、彼が社会主義的な統制経済を
志向しているとは考えにくい。

おそらく、ケインズの考え方を意訳すれば、養老孟司などの言う「手入れ」の思想
だと思う。

田んぼを例にとれば、自然そのままにしていれば、雑草は生え放題、害虫は蔓延り
放題で、収穫することは困難だろう。手を加えるのはもちろんだが、天候をはじめ、
最後は、人間の力の及ばない自然にゆだねざるを得ない。

おそらくケインズは、人間が作り出した経済というものを、自然に似たもの、つまり
疑似自然として考えていたのでは無かろうか。これは非常にデリケートな話である。

政治が経済に影響を与えるとすれば、政治は民意の名のもとに、どこまでも、統制
を及ぼそうとするだろう。いきつくところ、社会主義経済に他ならない。一方で、
ラディカルな自由放任主義が好景気不景気の波を呼び、不安定を招くことは自明だ。

「手入れ」は、統制を望む人々からは手ぬるいと指摘され、自由を望む人からは
不合理な規制強化と批判される。どっちつかずになってしまう。

いわゆるケインズ革命以降、政府は経済政策という麻薬を手に入れた。しかし、
経済は政治の思うままに推移するわけではなく、一方で、経済を円滑に回すには、
各種のルールの策定など政治の力は不可欠である。

ケインズの提起した問題は、一時代の経済分析を超えて、「経済」を理解する
方法論や、政策を実現する政治体制論にまで、広がりうるのかもしれない。

などと考えながらお布団の国に逃避したいある冬の夜。

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【読書】昔の女を振り返る [読書]

しばらくぶりに接すると、やはり愉しいと分かる。

必ずしも美女とはいえないが、深刻な話題に皮肉や冗談を交えながらかつペシミズムに
陥らず語れる芯の強さ、歴史のいいオトコ(ウホッ!)達をだいたい愛人にしたとのたまう
図太さ、そして、人間や社会を見据える視点のクールさと優しさ、女性であることを存分に
活かした切れ味。

要は痛快なのだ。

ちょいと年上なのが残念だが、同世代だったらイラっとさせられたかもしれないから、
40歳くらい年長でも仕方あるまい。

ま、塩野七生女史のことですな。

もちろん、全部を読んでいるわけではないけど、高校生くらいから、
「わが友マキアヴェッリ」
「海の都の物語」
「コンスタンティノープルの陥落」
「ロードス島攻防記」
「レパントの海戦」
「チェーザレボルジアあるいは優雅なる冷酷」
「神の代理人」
「ローマ人の物語」
「ローマ亡き後の地中海世界」
などを読み、その他「男の肖像」とか「男たちへ」などのエッセイにも、
とりあえず目を通している。

お気に入りは「わが友マキアヴェッリ」と「ハンニバル戦記」(ローマ人の物語2巻)。
自分が公的な事象に対する興味を固めたきっかけと言っていいかもしれない。

もちろん、内容なんかはほとんど爆発四散したか内臓脂肪になったかで、大して
覚えていやしないのだが。

その後も著作やエッセイなどは本屋で見かけたのだが、何となく勝手に卒業した気に
なっていて、手をつけずにいた。

だが、「日本人へ~リーダー編、国家と歴史編」を最近パラパラめくれば頷くことしきり。
妙に腑に落ちるというか、話が合う。話が合わなくても、その手があったかと、ヤラレタ感じ
にさせられる。

そこで、若いときに楽しんで読んだ本や得た知識、感じた思いの影響は、年をとっても
抜き難いものだとようやくにして気がついたのである。

おそらく、これほど明確ではなくても、意識してはいなくても、今の自分に影響を与えてきた
様々な本や人や思考や知識との出会いはたくさんあるわけで、自分の存在はそれらを血肉
にして生きてきたし、これからも当面は生きていくのだろう。

そう考えると、今までの出会いもこれからの出会いも仇や疎かにはできないとは瞬間思う
のだが、結局は面倒くさくなって、もとの木阿弥になってしまうがまあそれも仕方ない。

などと、昔の女の話からずいぶん飛躍してしまいましたとさ。

タグ:塩野七生
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