So-net無料ブログ作成
検索選択

冬に読む、春の琴 [読書]

谷崎潤一郎、「細雪」や「陰翳礼賛」や「痴人の愛」もよいが、
推しは「春琴抄」。

これがよい。

盲目かつ美貌にして傲岸不遜の三味線師匠春琴に、
その幼いときから仕え続けた佐助という男の、
献身的かつ偏執的とも思える愛情を描いたもの。

二人は早くから性的関係も持つのだが、
それは描写されずに、ほのめかされるのみ。
文章中ではあくまでも師匠と弟子の関係に終始し、
春琴の癇癖を、佐助は徹頭徹尾仰ぎ奉る。

そのある意味安定した世界が、一瞬、揺らぐとき。

原因不明の事件ないしは事故で熱湯を顔にかぶり、
美貌が損なわれた春琴に殉じて、
佐助はごく自然に、自らの両目を針で突く。

それを知った春琴は、佐助に、
「それをようこそ察してくれました」
と伝え、「盲人の師弟相擁して泣いた」のである。

この一幕の後、淡々と後日談が語られ、
二人の死にあっさりと触れて物語は終わる。

ほんの一瞬の揺らぎは、それだけに、
たいそう鮮烈だった。

大脳に焼き付けられるような、官能性。

文庫で70ページそこそこの、
言葉の力か。

ところで谷崎潤一郎の小説は、
「細雪」を頂点に、生活の描写が楽しい。

「春琴抄」でも、商家の奉公人の様子や、
三味線師匠へのお中元の話、春琴の鶯道楽など、
往時の商家や三味線師匠の暮らしぶりが伺える。

それによって示される日常性が、
尋常ならざる濃密な愛情劇を現実に繋ぎ止めるとともに、
現実が破れる一瞬を、より印象深くしているのだろう。

日常性の光と愛情劇の闇。

どことなく、バロックじみている。

そうか。
谷崎潤一郎は、バロックなのだな。

などと独断で決めてみることにする。

10月7日、月村了衛さん『黒涙』刊行! [読書]

月村さんの新作『黒涙』が10月7日刊行です!

本作は、やる気と意欲を失った警視庁組対部の刑事沢渡と、中国裏社会の新興勢力「義水盟」の沈が主人公の『黒警』の続編です。前作では、人身売買の促進に加担する警察幹部の粛清に成功した二人ですが、今回の相手は、中国の諜報組織。

沢渡と沈の二人に加え、刑事、公安、組対といった警察部内それぞれの思惑や、インドネシアの実業家である快男子ラウタン、そして彼らの前に現れる美女など。政治あり、警察ドラマあり、暴力あり、恋あり、そして死。。。前作以上に、カッコよく、悲しく、切ない物語要素をこれでもかと詰めています。

そして、そんな小説の登場人物のような(?)美男美女や有能な人々に囲まれ、やる気の無さとお間抜け感を安定して発揮してくれる沢渡。そんな沢渡も事態の推移に応じてどんどん追い詰められ、そして終盤に向けて狂おしいほどシリアスに。フツーの人が目覚めていくその過程は、前回にも増して苦悩に満ちています。

例のごとく今回もちょいとばかり執筆協力をさせていただいています。警察とかの組織のほか、物語のちょっとしたカギになる微妙な法律解釈の話なども含め、もし読んで気がついた方がいれば、ニヤニヤしていただけると幸いです。

視覚も音声も無い、脳の言語中枢をダイレクトに刺激して様々なイメージを喚起する活字エンターテインメントとして、贅沢な作品。読書の秋、『黒涙』で、活字を読む快楽に堕してみるのも悪くないのではないでしょうか?

【黒涙】
http://www.e-hon.ne.jp/bec/SA/Detail?refBook=978-4-02-251422-6&Rec_id=1010

芳醇な生の賛歌。筒井康隆『聖痕』 [読書]

筒井康隆の小説、『聖痕』を読んでいました。

幼い日暴漢に襲われ、陰茎と陰嚢を切断された美少年が主人公。陰惨にしてショッキングな発端に心を鷲づかみにされ、一気に読み通してしまいました。

主人公の成長が物語の軸ながら、オイルショックからバブル崩壊、東日本大震災まで背景に流れる様々な歴史的事件や、主人公を中心とする家族、友人、その他男女様々な人間関係のドラマが、古今とりどりの日本語を駆使した贅沢かつ豪奢な文体で語られています。

あらすじは書籍紹介を参照いただくとして、この物語から、個人的には、食、そして性を中心とした、絢爛にして芳醇な生への賛歌を強く感じました。

筒井氏と言えば、『嘘人たち』や『夢の木坂分岐点』など、様々な実験的な小説で知られていますが、単行本刊行時の筒井氏は、79歳。最晩年といってもいいこの時期のこの仕事の密度に、改めて驚いた次第です。

【amazon】
https://www.amazon.co.jp/%E8%81%96%E7%97%95-%E6%96%B0%E6%BD%AE%E6%96%87%E5%BA%AB-%E7%AD%92%E4%BA%95-%E5%BA%B7%E9%9A%86/dp/410117153X

5月24日、『機龍警察 自爆条項』(完全版)刊行! [読書]

2011年9月に刊行された月村さんの「機龍警察 自爆条項」。約5年の時を経て、改めて、その完全版が刊行されることになりました。

いわずと知れた「機龍警察」シリーズの第二作にして日本SF大賞受賞の本作。登場人物たちの過去や内面の掘り下げを縦糸に、国際情勢や国内政治のリアルな力関係を横糸にした以降シリーズ各巻の重厚な構成は、この自爆条項で見事に顕現したと言えるでしょう。

当時は、警察組織や内閣官房の意思決定の話はもちろん、イギリスの外交官が日本にやってくる理由付けや、クライマックスのアクションシーン関連での機甲兵装の配置場所など、月村さんと様々な意見交換をしたことが思い出されます。

本作は、完全版と銘打つだけあり、加筆修正でさらに練磨された本文と、巻末には短編の自作改題という付録付き。すでに読了済みの人ももう一度手に取る価値はあるのではないでしょうか。

さて、世の中には、自己啓発本、お役立ち知識の本、感動スイッチを巧いこと押す本、偉い人の格言本などなど、本が溢れています。ただたまには、活字を純粋にエンターテインメントとして楽しむ本があってもいいはずです。

月村さんの小説は、人生の楽しさと苦さをそれなりに知っている、大人のためのエンターテインメント本なのだと思います。執筆協力者の私が言うのはフェアじゃないですが、もし気になった方は、ぜひ手にとってニヤリとしてみてください!


【amazon】
http://www.amazon.co.jp/%E6%A9%9F%E9%BE%8D%E8%AD%A6%E5%AF%9F-%E8%87%AA%E7%88%86%E6%9D%A1%E9%A0%85%E3%80%94%E5%AE%8C%E5%85%A8%E7%89%88%E3%80%95-%E3%83%8F%E3%83%A4%E3%82%AB%E3%83%AF%E3%83%BB%E3%83%9F%E3%82%B9%E3%83%86%E3%83%AA%E3%83%AF%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%89-%E6%9C%88%E6%9D%91-%E4%BA%86%E8%A1%9B/dp/4152096179

【読書】中華料理の文化史(ちくま文庫) [読書]

連休最後のいささか憂鬱な夜、中華料理の歴史に関する本を読んでいました。

春秋時代から現代までの中華料理の技法や食材の移り変わりについて、歴史上の文献から紐解いて概説したものです。

穀物については、粟や黍が中心だった春秋時代から、米に加え、麦の粒食、粉食から発酵が普及する漢代から六朝時代。肉については、六朝時代までは犬肉も普及していた一方、豚肉は宋代においては価値が低い肉だったこと。明代末に渡来し四川などの料理に欠かせない唐辛子が庶民から上流階級にかけて一般に普及したのは19世紀、フカヒレが珍味として珍重されるようになったのも19世紀と、一般に中華料理として知られるものも、時代によってかなり様相が異なるバラエティの豊富さに驚きました。

この背景には、当然、遊牧民族との交流や抗争による影響、ときの王朝の好みなどもあり、偶然の要素も少なくないようです。現代は、改革解放後、庶民が豊かになり、外国のファストフードなどの影響も強くなっているようです。変化の早い時代、50年もすれば、我々が中華料理と呼び習わしているものがすっかり変わったとしてもおかしくないと思いました。

【中華料理の文化史】
http://www.amazon.co.jp/%E4%B8%AD%E8%8F%AF%E6%96%99%E7%90%86%E3%81%AE%E6%96%87%E5%8C%96%E5%8F%B2-%E3%81%A1%E3%81%8F%E3%81%BE%E6%96%87%E5%BA%AB-%E5%BC%B5-%E7%AB%B6/dp/4480430695