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起訴・不起訴はブラックボックス!?性犯罪被害と刑事手続き [事件]

元TBSワシントン支局長から性犯罪の被害を受けたという女性が会見を行い、被疑者である男性に対する不起訴処分や性犯罪の罰則強化など、性犯罪における刑事司法のあり方に疑問を呈しました。

本件、被疑者男性が安倍総理に比較的近いとされたことから、総理周辺の関与も取りざたされており、賑やかな様相を呈していますが、本質的には刑事司法の制度と運用の問題のはずです。中でも、捜査や起訴の意思決定における警察および検察、特に検察の裁量の大きさと、手続きにおける被害者の不在が、改めて浮き彫りになったと言えるでしょう。

捜査は、被疑者の逃亡や罪証隠滅を防ぐため、秘匿性が強く要求されます。そのため、その後の公判段階と比べ、被疑者への弁護士の関与も限定的です。当然被害者の関与も限定的にならざるを得ません。

ただ、捜査が終了して検察に送致された後の起訴や公判段階については、証拠隠滅等の恐れが無くなっている以上、被害者の意向をより汲み取ったり、被害者への情報提供をより積極的に行っても良いはずです。

現在、起訴の判断は検察が独占しており、被害者がその意思決定に関与することは出来ません。それが不当と考える場合には、本件のように、事後的に検察審査会への申し立てをする必要があります。なお、性犯罪を含む不起訴事件の記録について、被害者は閲覧を請求することが出来ますが、閲覧の範囲について、検察庁に広範な裁量が与えられており、十分な情報提供がされていない疑いがあります。

起訴・不起訴の判断には、刑事事件に関する専門的な知識のほか、様々な事件関係者への配慮など、多くの要素が絡まり、裁量になじみやすいのは間違いないでしょう。しかし、被害感情の解消は刑事手続きに求められる大きな要請であり、それを無視した刑事司法はありえません。

起訴・不起訴の判断をいかに被害者に納得できるものにするか、刑事司法改革における重要な論点の一つだと思います。本件の女性の勇気ある会見が、刑事司法を変えるきっかけになることを願います。

≪参考記事≫
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170529-00000146-sph-soci

痴漢冤罪と準現行犯逮捕 [事件]

電車内で痴漢を疑われた人が、逃走して線路に立ち入るなどして、さらなる事故に巻き込まれるケースが相次いで報道されています。痴漢は確かに卑劣な犯罪であり、厳格な法の裁きを受けるべきですが、その一方でいわゆる痴漢冤罪の問題もあります。

痴漢で逮捕されると、冤罪であっても嫌疑を晴らすのは著しく困難であり、仕事や家庭生活に深刻な悪影響が生じます。それくらいなら一か八か逃げた方がよいと考えるのも、理解できなくはありません。ただ、逃げる過程で線路に立ち入るなどすれば、事故はもちろん、別の犯罪になったり、電車遅延の民事責任を負う可能性もあります。

性犯罪の摘発と冤罪の回避をどうするか、様々な論点がありますが、個人的には、逮捕、特に準現行犯逮捕の運用見直しが必要ではないかと思います。

手元に統計は無いのですが、満員電車における痴漢での逮捕の場合、現行犯逮捕が多いと思います。しかし、逮捕者が被疑者の犯行を実際に目で見ているケース(いわゆる犯行の現認)は、現実問題としてそれほど多くないのではないでしょうか。にも関わらず現行犯逮捕扱いをされるのは、一定の場合には犯行を目で見ているのと同じ扱いをするという、準現行犯逮捕(刑訴法212条2項)で運用されているからです。

詳しくは条文参照ですが、準現行犯を広く解釈すれば、例えば女性から「痴漢だ!」と名指しされて逃げようとした場合、痴漢を実際にしていなくても、逮捕の要件が満たされる可能性があります。逮捕されれば、その後の勾留も含め最大で23日間留置場に身柄拘束され、家族や職場との連絡も厳しく制限されます。その間の連日の取調べは、相当なストレスになるはずですし、冤罪であるほど、虚偽自白の誘発が懸念されます。

本来、法の裁きである刑罰は、起訴され、裁判を経た、有罪判決の結果であるはずです。しかし日本では、有罪判決のはるか前の段階である逮捕時点で、被疑者に対しあたかも刑罰のような不利益を科していると考えられます。

逮捕はもちろん刑罰ではなく、被疑者の逃亡と証拠隠滅を防ぐための手段に過ぎません。逆に言えば、逃亡や証拠隠滅の恐れが薄い人を逮捕するのは、単なる嫌がらせです。その意味では、明らかに目撃者がいて証言がある際は通常の現行犯として扱うべきですが(それでも逃亡等の恐れが無い場合は逮捕の必要はありません)、そうでない準現行犯の場合は、本人の勤務先や住所がしっかりしていることや以後の警察の事情聴取に応じることを前提に、逮捕をせずに任意事件として扱う運用をすべきだと思います。

任意であれば、警察の聴取を受けたり検察に捜査結果を送致されたりすることを除いては、普段と変わらない日常生活を送ることができますし、弁護士への相談も自由です。もちろん任意事件であっても、起訴され、裁判で有罪判決を受ければ、当然刑罰を受けることになります。

やはり、痴漢犯罪者に適切な刑罰を科しつつ、冤罪や事故を防ぐための一歩として、まず、逮捕の運用を見直すべきだと思います。

≪参考記事≫
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170517-00000051-mai-soci

「保護なめんな」はどこまでアリか?小田原市のケースワーカーのジャンパー [事件]

神奈川県小田原市の生活保護担当のケースワーカーたちが作ったジャンパーの記載が、話題になっています。エンブレムには、「保護なめんな」とローマ字で記載があり、その他、「我々は正義だ」「不当な利益を得るために我々をだまそうとするならば、あえて言おう。クズである」などの表現があったとされています。

生活保護受給者への不要な威圧になっているとの専門家の批判などがあったことから、市は事実関係を確認した上で、着用を禁止しました。背景には、10年ほど前に担当職員がナイフで切り付けられる傷害事件が発生したことなどから、部内での士気を上げる目的があったなどと説明されています。

確かに、それらのジャンパーの記載は適切ではないと思います。また、ケースワーカーの方々も、本当に困っている人には、きっちり手を差し伸べたいと考えているはずです。このような記述はそんな思いを誤解させてしまうことになるでしょう。自治体の対応は、当然かつ妥当です。

一方で、生活保護などの対応には、介護や接客業などと同じ、感情労働の側面があると思います。また、現場だからこそ、不正受給に対する憤りもあったことでしょう。ケースワーカーの方々には、そのようなストレスがあったことが推測されます。

過剰ないしは不当な要求への対応の具体的な線引きのような感情労働へのケアや、悪質な不正受給への厳格な罰則など、職員個々人や現場の対応だけでなく、組織的、制度的な対応も必要だと思います。

【参考記事】
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170118-00014972-kana-l14&pos=2

孤立した自我の暴走か。。。相模原の無差別殺害事件雑感 [事件]

相模原市の障碍者施設で、19名の方が刺殺される、にわかには信じ難い、痛ましい事件が起きました。亡くなられた方へのお悔やみを申し上げるとともに、心身に傷を負った方の回復をお祈りいたします。

すでに事件の背景や被疑者の素性や行動などが盛んに報道されており、各方面の専門家的な観点から、事前の防止策の不備の指摘などもされています。ただ、被疑者の断片的な言動と犯行までの時間を考慮すると、もし自分が被疑者周辺にいたとしても、このような重大な結果は予見できなかったのではないかと思います。

状況の精査により、防犯体制などの改善の示唆は得られるでしょう。ただ、本件のような、強い意志で実施される例外的な犯行までをも想定した防犯対策を普及させるには、施設で働く人の勤務実態なども踏まえ、費用や効果の検証も必要になるはずです。

それにしても本件、最近国外で相次ぐテロではなく、個人としての大量殺害事件であることが大変印象的でした。これだけの大きな犯行に及ぶには、

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相次ぐ痛ましい介護殺人。世帯の孤立化を防ぐには・・・ [事件]

介護殺人に関する記事が印象的だったのでシェアします。

介護のストレスから、要介護の方を殺してしまう痛ましい事件が相次いでいます。記事では、加害者となった方の様々なコメントを載せていますが、長年家族として暮らしていた関係が、認知症や心身の機能不全に伴い、崩壊し、介護者の心を蝕んでいく過程は、どれも悩ましく、身につまされるものです。

介護だけでなく、働くことに影響が出ることによる生活への不安などから、目の前の事態に対応する事で手一杯となり、悩みを誰とも共有できずにストレスを募らせてしまうことは、想像に難くありません。

もちろん、金銭的な支援も重要でしょうが、介護している世帯が孤立せずに、情報や悩みを共有しあう仕組みを作ることが、まずは取り組むべき課題なのかもしれません。

介護については、介護士の不足や待遇改善、介護保険制度など、マクロ的な政策として、やや抽象的に語られがちです。それはそれとして重要なのですが、やはり、一人一人の生き死にの問題であることを思い出すべきなのでしょう。

【参考記事】
http://news.yahoo.co.jp/feature/234