So-net無料ブログ作成
検索選択

【読書】男の花道(杉作J太郎) [読書]

蒸し暑い週末、ちょっと普段と毛色を変えて、杉作J太郎氏の『男の花道』を読んでいました。

マンガ、コラム、映画監督、ラッパー、タレントなど多彩な活躍を見せる杉作氏のマンガ+コラム。決して巧みな絵というわけではなく、バカ話にまみれつつぽつりぽつりと染み出るような文章が流麗というわけではないのですが、それらの合わせ技は、どこか切なく、どこかもどかしく、男心に不思議と刺さります。

何か、実家の片隅にある埃をかぶったおもちゃ箱の中を30年ぶりにみたような、そんな感覚。敢えて言えば、過剰なまでのリリシズム。

おそらくそれは、日常生活を送るために必要なものではないでしょう。しかし、それが人間の一部であることもまた、事実だと思います。日常にふと疲れた男性や、男心のめんどくささを覗いてみたい女性に、オススメの一冊です。

https://www.amazon.co.jp/%E7%94%B7%E3%81%AE%E8%8A%B1%E9%81%93-%E3%81%A1%E3%81%8F%E3%81%BE%E6%96%87%E5%BA%AB-%E6%9D%89%E4%BD%9C-J%E5%A4%AA%E9%83%8E/dp/4480420983

適正な大衆運動のために。極左暴力集団の影響について [政治]

警察白書の記述を紹介した記事がユニークだったのでシェアします。

警察白書によれば、平成24年以降、反原発活動などの大衆運動において、極左暴力集団が影響力を行使していると指摘されています。また、警察庁の警備局長は、今年の国会において、沖縄の米軍基地反対運動の一部に極左暴力集団が確認されていると答弁しました。

極左暴力集団といっても、その主張や行動は様々ですが、組織内の内ゲバによる暴力事件やテロなどを引き起こしただけでなく、様々な未解決事件の被疑者の逃走を支援しているとされ、依然として、平穏な暮らしに対する脅威であり続けています。

もちろん、極左暴力集団が関与しているからといって、違法行為が無い限り、大衆運動そのものを摘発の対象とすべきではありません。しかし、極左暴力集団の関与が疑われる場合には、せっかく権力の行使を適正に批判する大衆運動であっても、それが国民の支持を広く得ることは難しいのではないでしょうか。また。極左暴力集団と大衆運動の目的は、究極的には異なるもののはずです。

そうであるならば、広い支持を得て大衆運動を成功に導き、法律や制度の改正に繋げるには、極左暴力集団の影響力をいかに排除するかが課題になってくるでしょう。従来、警察と様々な大衆運動とは利害が衝突するイメージがありましたが、実は、極左暴力集団の排除において共通する利害もあるのかもしれません。

選挙による間接民主制を前提とする日本でも、それを補完するものとして、デモや大衆運動は一定の役割を果たすに違いありません。民主主義の適正な運営を守るためにも、合法な大衆運動への極左暴力集団の浸透を食い止める必要があると思います。

【参考記事】
http://blog.livedoor.jp/kasumigaseki_soken/archives/50405713.html

そもそも論点は何?!加計学園問題について [政治]

加計学園への獣医学部認可の妥当性を巡る議論が活発です。10日には、国会で、キーマンの一人である前川元文科次官の参考人招致が行われ、与野党から質疑がありました。

個人的には、前川氏の天下りや出会い系バーに行ったことなどの行状には、興味がありません。また、総理や理事長がお友達であるかどうかも興味がありません。さらに、行政が歪められたかどうかというのも、圧力があったかどうかというのも、とどのつまりは当事者の主観であり、興味が湧きません。

また、獣医師の不足や偏在という政策課題については専門家でも議論が分かれており、愛媛への獣医学部新設が獣医師を巡る課題の解決に役立つかどうかについて、国民全員が一致するなどありえないでしょう。その意味では、究極的には政治・行政の政策判断にならざるを得ないはずです。

そうなると論点は、プロセスに違法性があったかどうかに収斂されざるを得ないのではないでしょうか。例えば、認可申請に対する贈収賄があった、選定過程で暴行・脅迫が行われた、などです。違法性があれば、法に則って関係者に責任を負わせる必要が出てくるでしょう。

もちろん、プロセスに不透明さが指摘されるのであれば正したほうがよいでしょうが、もし違法ではないのであればそれは法制度の問題であり、今後の制度改正や運用の参考にするべきではあるとしても、それを理由に後知恵で誰かの責任を問うたり、政権批判の材料にするのは、筋がよくないと思います。

今回の認可申請について、内閣府の国家戦略特区に関する議論では、議事録が公開されているにも関わらず、当時はほとんど報じられていなかったし、政治でも話題にならなかったと思います(議論になってたらすいません。。。)。つまり本件は、行政過程における調整で結論が出た問題のはずです。

もちろん、前川氏はじめ当時の調整に納得行かない人もいるでしょうが、違法性を行政訴訟で争うならいざ知らず、合法的な行政過程で決まったことを蒸し返したとしても、得るものは少ないのではないかと懸念します。

むしろ重要なのは、違法性が無い過程で決まったことを後知恵で議論するのではなく、内閣府はじめ今も政府の様々な会議で議論されていることに目をむけ、その過程にその都度意思表示をしていくことではないでしょうか。

【参考記事】
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170711-00000014-jct-soci&p=1