So-net無料ブログ作成

【フィクション】崩壊の予兆 [フィクション]

現場は憂いていた。
最近の本部は、おかしい。

まず、業務の量が等比級数的に増えた。
明らかに不要と考えられる業務も、消化を余儀なくされた。
また本部の指示は不規則で、しばしば急な業務に苛まれた。

また、業務の中身も変わった。
処理が困難なものや、危険を伴う業務が増えたのだ。
特に、劇物の取り扱いには悩まされた。

さらに、過誤に基づく本部の指示さえあった。
業務がないにもかかわらず、作業の指示がくるのだ。

本当に、休む間もない。

それでも現場は粛々と業務の処理にいそしんだ。
ただ、現場の能力にも限界がある。
業務が滞ったり、事故が頻発したりした。
かような現場の状況は、確実に、
組織全体の機能を低下させた。

現場は散発的に本部に陳情を行い、
陳情は徐々に激しさを増していったのだが、
本部の指示が改まることは、なかった。

本部は、おかしい。

現場には少しずつ絶望の気配が漂い始めた。
作業をサボタージュする者も出て、
その徒党は日々増加し、無視できない規模となっていった。

もうこの組織も、長くないかもしれない……



ある日男は、医師の診断を受けた。

男は有能だった。
昇進するたびに付き合いも増え、酒量は増した。
また飲んだ後、深夜に食べるラーメンは、男の大好物だった。

仕事の責任は重く、ストレスを感じることもしばしば。
そのためか、最近、胃が痛くなることがあった。

胃だけでなく、実は体調全般もよくなかった。
男はそれを、自分の年齢のせいだと思っていた。

周囲のすすめもあり、
男は3ヶ月かけてスケジュールを調整し、
ようやく、医師の診断を受けることにしたのだ。

診断結果は、

末期の胃ガンだった。

nice!(0)  コメント(0) 

せせり、ほじくり、すすり、噛む [食べ物系]

蟹を食らうのが好きなのである。

子どものころ、たまに父が茹でてくれた毛蟹。
太宰治と壇一雄が新宿の夜店で買ってバリバリと立ち食いしてたという毛蟹。

真っ赤に茹で上がったごんぶとい足のタラバガニや、流麗な肢体のズワイガニ。

ワタリガニならば、炒めても良いし、タイ料理や中華料理にある春雨と蒸した一皿も佳。
韓国料理のケジャンも捨て難い。

養老の瀧の980円の蟹セットも馬鹿にならない。

そんな中、新宿の中華屋、上海小吃で食う上海蟹も、趣があってよい。
紹興酒漬けの酔っ払い蟹も悪くないが、やはり圧巻は蒸し蟹だ。

拳を一回り大きくしたくらいの蟹が運ばれてくると、湯気の香りにすら心躍る。
何の変哲もない白い皿に鎮座した、ほの赤いそのお姿の神々しさ。

こちとら、颯爽と襲い掛かり、そんな湯気立つ蟹を無慈悲に解体する。

甲羅を剥ぎ、まずは裏側にこびりついた味噌を箸でこそげ取り、なめる。
次に半分に割り、黄色く輝いた味噌部分にむしゃぶりつき、すする。
素晴らしいコクと香りに脳内は早々に降伏してしまい、蟹味に占拠される。

普段はあまり美味いと思わない紹興酒だが、
蒸し蟹の味噌のコクと合わせると、無双。

胴体部分の身をすすり、噛み砕き、せせり、ほじくった後は、小さな足も丁寧に噛み砕き、
ほじくり、すすり、味噌のコクとは異なる清浄かつたおやかな旨味を堪能する。

紹興酒は、ここでも蟹のよき友だ。

いつしか、蟹の形は跡形も無く消えうせ、丼に白交じりの薄い赤色をしたキチン質が、
うずたかく積まれている。宴は終る。

可食部分が少ないにもかかわらず、とりどりの味があり、かつ楽しく手間もかかる蟹。
たぶん、紹興酒の酒の肴としては最良のものの一つだと思うのである。

そんなことをだらだらとしゃべっていたら、上海小吃の店長に、

「ゼイタクネー!」

と、ほがらかに笑われてしまったとさ。

蟹などと身分不相応なものを、ほんのときたま食べる機会の、有難さときたら。

nice!(0)  コメント(0) 

【読書】昔の女を振り返る [読書]

しばらくぶりに接すると、やはり愉しいと分かる。

必ずしも美女とはいえないが、深刻な話題に皮肉や冗談を交えながらかつペシミズムに
陥らず語れる芯の強さ、歴史のいいオトコ(ウホッ!)達をだいたい愛人にしたとのたまう
図太さ、そして、人間や社会を見据える視点のクールさと優しさ、女性であることを存分に
活かした切れ味。

要は痛快なのだ。

ちょいと年上なのが残念だが、同世代だったらイラっとさせられたかもしれないから、
40歳くらい年長でも仕方あるまい。

ま、塩野七生女史のことですな。

もちろん、全部を読んでいるわけではないけど、高校生くらいから、
「わが友マキアヴェッリ」
「海の都の物語」
「コンスタンティノープルの陥落」
「ロードス島攻防記」
「レパントの海戦」
「チェーザレボルジアあるいは優雅なる冷酷」
「神の代理人」
「ローマ人の物語」
「ローマ亡き後の地中海世界」
などを読み、その他「男の肖像」とか「男たちへ」などのエッセイにも、
とりあえず目を通している。

お気に入りは「わが友マキアヴェッリ」と「ハンニバル戦記」(ローマ人の物語2巻)。
自分が公的な事象に対する興味を固めたきっかけと言っていいかもしれない。

もちろん、内容なんかはほとんど爆発四散したか内臓脂肪になったかで、大して
覚えていやしないのだが。

その後も著作やエッセイなどは本屋で見かけたのだが、何となく勝手に卒業した気に
なっていて、手をつけずにいた。

だが、「日本人へ~リーダー編、国家と歴史編」を最近パラパラめくれば頷くことしきり。
妙に腑に落ちるというか、話が合う。話が合わなくても、その手があったかと、ヤラレタ感じ
にさせられる。

そこで、若いときに楽しんで読んだ本や得た知識、感じた思いの影響は、年をとっても
抜き難いものだとようやくにして気がついたのである。

おそらく、これほど明確ではなくても、意識してはいなくても、今の自分に影響を与えてきた
様々な本や人や思考や知識との出会いはたくさんあるわけで、自分の存在はそれらを血肉
にして生きてきたし、これからも当面は生きていくのだろう。

そう考えると、今までの出会いもこれからの出会いも仇や疎かにはできないとは瞬間思う
のだが、結局は面倒くさくなって、もとの木阿弥になってしまうがまあそれも仕方ない。

などと、昔の女の話からずいぶん飛躍してしまいましたとさ。

タグ:塩野七生
nice!(0)  コメント(0)