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【本人学習用】日本の失望、韓国の誤算。日韓関係について [国際]

不勉強を承知で日韓関係についてざっくりだらだら書いてみる。

要約すれば、1980年代後半から90年代にかけて形成された日韓関係のルールを日本は変えようとしているし、韓国にそれを止めることはできない。そして、日韓関係の新たなルールを、それこそ日韓双方で作っていかなければならない時代になっていると思う。そのために大切なのは、日本とどういう関係を結びたいのか、日韓ともに、そして特に韓国がはっきりと意思表示することなのではなかろうか。

そんな話である。

思えば、1988年のソウルオリンピックは、いわゆる漢江の奇跡を通じた韓国の経済的・国際的地位の向上を象徴するものだった。一方で、日本では1989年のバブル崩壊以降、政治は不安定となり、落ち込むばかりの経済へ有効な手が打てず苦悶していた。1965年の日韓基本条約以降、円借款を提供し韓国経済の活性化を助けてきた日本と韓国との、いわば西側陣営における援助者と被援助者という関係が大きく変わろうとしていたのである。

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終戦の日、雑感 [日常]

終戦の日。

言うまでも無いことながら、1941年から1945年にかけての大東亜戦争では、国内外の多くの方々が亡くなられ、あるいは苦難を強いられました。

勝利するあての無い戦争をはじめた当時の政治指導者の決断や、必ずしも合理的とは言えない人命を軽視した作戦指導で兵員の犠牲を増やした軍指導部の判断、そしてそれらを支持し許容した当時の国内世論は、今なお検証され、批判されてしかるべきだと思います。

一方で、民間人であれ軍人であれ、国内であれ国外であれ、日本人であれ外国人であれ、戦争で亡くなった方々に対しては、改めて深い哀悼の意を捧げたいと思います。また、数々の悲劇を通じ、戦争を否定する今日の日本の考え方の礎を築いた存在として、最大限の敬意を表するものでもあります。

さて、このような様々なレベルでの悲劇を生んだ戦争を二度と繰り返さないことは、後の世代に託された重大な任務のはずです。悲しいことではありますが、国外では、まだまだ軍事力を使って目的を達成しようと考える人々は少なくありません。

「戦争反対」と戦争への嫌悪を声高に叫ぶことも重要でないとは思いません。ただ、それに加え、戦争が発生するメカニズムや、そこに至る世論形成、そして外国との相対的な軍事バランスなど、戦争に至る様々なポイントを押さえ、それを一つ一つ除いていく地道なプロセスもまた大切なのだと思います。

そのためには、過去の戦争はもちろん、今こうしている間にも、戦争が起こらないよう様々な現場で任務を遂行し活動している方々を思いつつ、学び続けなければならないと思いました。

改めまして、黙祷。

タグ:終戦の日
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鯨肉を煮てみる [生活]

先日、近所のスーパーに鯨肉があったので買ってみた。
日本でも商業捕鯨が再開されたことだし、ミーハー気分。

まあ、売ってた鯨肉自体はアイスランド産の赤身肉なんだけど、そこはご愛敬。

一応パックにはステーキとか書いてあったが、最近部屋でする料理は、
とりあえず野菜と煮て汁ごと食らう何かなので、鯨でもやってみることに。

赤身というには凄みのきいた鯨肉の赤黒さ。殺伐としていてよい。
一口大に切って水をはった鍋にぶち込む。

あった野菜は、大根とニラ。ついでに安かったこんにゃくも入れてみる。
味付けは醤油のみで、酒があればよかったのかもしれんが、買い忘れた。
臭い消しがてらに七味も大量にぶち込んでみる。

あとはことこと煮るだけ。

ちょいちょい鍋の様子を覗くと、くっきりわかる鯨肉臭いが鍋から立ち上り、
表面を見ると赤身だというのに結構脂が浮いている。

大根が煮えたころを見計らって、汁ごと食う。

汁は醤油と鯨の味。ほのかに七味。想像通り。
でも思ったより鯨出汁が出ていて、鯨汁を飲んでいる感はある。

大根やこんにゃくには、染みるというほどではないが、きっちりと、
鯨の風味が絡みついており、悪くない。

ニラは臭みを消すというより、相乗効果でレバニラのような感じ。

で、肝心の鯨肉、若干パサついているが、鶏むね肉ほどではない。
噛み締めるとしっかり弾力があり、味も香りも残っている。出汁ガラではない。
食べなれた豚や牛や鶏と比べると、遥かに自己主張が強くワイルドな風味だ。

なるほど、こんな感じか。

元々鯨の臭いも嫌いではないので、これはこれで楽しめた。
ただ、食べつけてない人や上品な婦女子たちにはちょっと違和感があるかもしれない。

もっとも、豚や鶏や牛と比べると、鯨肉、現段階では決して安くはない。

自分の部屋でも食えないことは無いが、料理屋でそれなりに金払って食った方が、
まだまだ美味いのだろうなとは考えさせられた次第である。

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いわゆる「表現の不自由展」の中止についてのあれこれ [事件]

国際芸術祭「あいちトリエンナーレ」の企画展の一つである「表現の不自由展・その後」の展示が8月3日で中止され、大村愛知県知事と、同展の芸術監督を務めた津田大介氏が相次いで会見した。

展示の趣旨や意図について、企画展のサイト(https://aichitriennale.jp/artist/after-freedom-of-expression.html)によれば、

『日本における「言論と表現の自由」が脅かされているのではないかという強い危機意識から、組織的検閲や忖度によって表現の機会を奪われてしまった作品を集め、2015年に開催された展覧会。「慰安婦」問題、天皇と戦争、植民地支配、憲法9条、政権批判など、近年公共の文化施設で「タブー」とされがちなテーマの作品が、当時いかにして「排除」されたのか、実際に展示不許可になった理由とともに展示した。』

ものだという。中でも、昭和天皇のご真影を焼いたような表現や、慰安婦像をほうふつとさせる少女像の展示がネット上などで大きな非難を集め、運営に問い合わせが殺到。名古屋市長の河村氏など一部政治家も展示に消極的な見解を示す中、脅迫を含む電話での非難などがあったことから、来場者の危険なども考慮し、展示の中止が決定されたとのこと。

展示作品そのものに対してはもちろんだが、展示中止の判断やそこに至る経緯に関しても、賛否様々な意見が飛び交っている。そこで、本件に関して自分なりに考え方を整理したいと思い、いくつかの論点ごとにまとめてみた。


■表現の自由について
まず大前提として、不愉快に感じる表現であったとしても、具体的な法益侵害が無い限り、つまり不法行為や犯罪にならない限り、「表現の自由」を享受すべきである。それは、昭和天皇のご真影や慰安婦に関する表現であっても、非実在青少年を描いた児童ポルノやフィクションの残虐表現についても、同じように認められねばならないと思う。(もっとも、個人的には昭和天皇を揶揄するような表現は趣味が良くないとは感じているが、、、)

その一方で、避難や抗議や疑問や要望を呈するのもまた、「表現の自由」ではある。しかし名誉棄損や脅迫、業務妨害などに当たるような抗議や非難は、そもそもそれ自体が犯罪や不法行為を構成する。その意味では、今回の展示中止に追い込んだ抗議や非難、特に脅迫に該当するようなものについては、例えどんな動機があったからといって許されるべきではないと思う。

法に違反する可能性のある過剰な抗議行動は、一般予防も加味して、できる限り刑事・民事責任を追及されるべきではなかろうか。


■公的機関による運営
今回の展示が公的機関による運営であり、税金が投入されていることから、表現に配慮すべきだったのではないかという批判もあったようだ。これについては、公的機関が運営しようがしまいが、税金が投入されようがされまいが、「表現の自由」自体は変わらないはずである。

変わるのは、運営側の説明責任ではなかろうか。税金を投入したならば、意思決定をした人は、有権者や納税者に対し、表現への批判や疑問に真摯に答えるべきだと思う。また、そのような表現を選択して展示した意図についても、運営側が説明をする責任は課されるとは思う。


■政治家の発言
河村たかし名古屋市長が、本件展示に対し展示を差し控えた方がよい旨発言したことも、それが政治家としての発言であり、検閲ではないかと話題になった。

個人的には、政治家であろうと、一個人が抗議や疑問や要望を呈するのはやはり自由だし、意思決定者に対し有権者に説明を求めた方がよい旨の意見を表明するのも自由だと思う。その意味では、検閲に当たるというのは言い過ぎではないかといささか思う。

また、一般に、指揮系統に基づく命令や指示、ないしは、脅迫とかの本人の意思を束縛するような圧力があったなら別だが、単に何か言われてめんどくさくて忖度して行動しただけだったら、一義的な責任は忖度して行動した人にあって、それをもって忖度させた人に責任被せるのはちょっと違うと思う。

一方で、本件展示に関し、具体的に運営に対し法令上の影響力を行使できる立場の政治家も存在する。もしかしたら河村氏もそうかもしれない。そのような政治家が、運営関係者に対し具体的に撤回するよう忖度を求めるような発言をしたのであれば、その影響力の不当行使が指摘される余地はあると思う。


■運営者側
本件では、芸術監督の津田大介氏や大村愛知県知事も、様々な観点から批判された。

個人的には、展示を取りやめたのは非常に残念だが、運営関係者および来場者の安全確保などを考慮すると、残念だが仕方ない。やはり、何よりもまず非難すべきは、脅迫等に及んだとされる行き過ぎた抗議であると思う。

一方で、運営者側の説明責任や運営に関する配慮は、不愉快に思う人々が相当する発生するであろう挑発的な表現を展示した割には、必ずしも十分だったとは言えないのではないか。

表現の意図、疑問や批判への対応などをきちんと伝える、もしくは疑問に丁寧に対応することは不可能ではなかったのではないかと現時点では思っている。また、運営上の課題、警備会社の手配、問い合わせ窓口の整備、警察との連携等々、運営手法そのものについて、事前想定が不足していたのではないかと考えている。

■今後に向けて
本件、行き過ぎた抗議が原因であったとはいえ、結果的に展示が中止されたのは甚だ残念であり、それこそが「表現の自由」への挑戦であるといっても過言ではないと思う。一方で、挑発的な展示をして多くの反響が出ることが予想された割には、説明責任や運営への配慮が足りなかったのではないかと疑念を持っている。

今後もこのようなことが起こりうるのは間違いないだろう。そのためには、
・行き過ぎた抗議の是正(必要に応じ、刑事・民事での責任追及)
・展示開催の際の警察や警備会社との連携、問い合わせ窓口運営についての整備
・非難や批判に対し真摯な応答をするための仕組みづくり
などが必要になると考えられる。その前提として、運営者側が、本件の企画決定や展示選定のプロセスなどをレビューし、今後のこの手の展示開催への参考になるような情報公開をしっかりと行っていくべきだと思う。

「表現の自由」は、はなはだ移ろいやすく、様々な立場から利用されやすく、それにも関わらず人間及び社会にとって必要不可欠な権利のはずである。不愉快な表現であっても、いや不愉快だからこそ、「表現の自由」は守られるべきだ。

繰り返しになるが、展示中止そのものは大いに残念だし、それを促した行き過ぎた抗議は強く非難されるべきである。とはいえ、今回の展示およびその中止に至るプロセスが、「表現の自由」を守るための知見を提供する一つのヒントになれば、一定の役割を果たすことができたのではないかと、個人的には思うのである。

<参考記事>
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190804-00010002-huffpost-soci

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ウイスキーの香り [フィクション]

いいウィスキーは、
いろんなことを思い出させてくれる。

客の誰もいない馴染みのバーのカウンター。
いささか薄暗いその隅(私の指定席だ)で、私は、
目の前のグラスに注がれたウィスキーを見つめていた。

とある、シングルモルトの30年物。

上質のカラメルのような色をした水面を、
少しくすぐるように揺らせば、立ち上る香気。

第一印象は、樽からのシェリー酒の香りが華やかに。
でもその底から、モルトの確かな、力強い香りが、
基調低音のように鼻腔に響いてくる。
それはそのウイスキー独特の、温かくて、爽やかで、
それでいて、ちょっと近寄りがたいドライな感じ。

無粋を承知で例えれば、経験豊富ながら瑞々しさを失わない、
一流の女優のような、そんな香り。

普段好きで飲んでいる10年物が、この香りを前にすると、
いじましいほど「若く」思われてしまう。

この酒が生まれた30年前に、私は何をしていたのだろう。
まだ、「将来何になりたいか」について、
可能性を考えずに語れる、小学生だったはず。

それから、いろんなことがあった。

私の人生は、人から見れば退屈この上ないのかもしれない。
人生を振り返るには、私はまだ青二才なのかもしれない。

でも。

草むらで虫取りをした思い出、
ゲームばかりで勉強をロクにせず苦労した浪人時代、
スノッブ気取りで、
わかりもしない古典を読みふけった大学時代、
いくつかの、とても不器用な恋、
「超氷河期」と言われた中での就職、
突然全てを投げ出したくなっての転職、そして、
そして、そして、そして、・・・・・・。

『若すぎて なんだかわからなかったことが
 リアルに感じてしまうこの頃さ』

気がつけば、小声で歌を口ずさんでいた。
少し気恥ずかしくなって、カウンターに目を向けた。
それにしても・・・

「マスター、今夜も順調に暇だね」

声をかけるとマスターは、 いかつい顔に泣き笑いのような
表情を浮かべて言った。

「今夜は、君を待っていたんです」

怪訝そうな私の顔を読み取ったのだろう。
マスターはいささか震える声で、とつとつと、語り出した。

一年前のこの日にも、この店で、
そのウイスキーを飲む機会があったこと。

その日には、ウィスキーが好きな常連達が集まって、
みんなでそれを飲もうと決めていたこと。

私も、そんな常連の一人だったこと。

私がとりわけ、その機会を楽しみにしていたこと。

そして、
その日にはなぜか、
私が来られなかったこと。

いいウィスキーは、
とてもとても大事なことを思い出させてくれた。

そうか。

そうだったのか・・・・・・

そのとき、バーの扉が開いた。
客が何人か入ってきて、そのうち一人が、
マスターに話しかけた。

「もう一年かぁ。早いもんだ」

「ええ。だから今夜はああして」

マスターが指さした薄暗いカウンターの隅には、
その、シングルモルトの30年物が注がれたグラスが置かれていた。

飲む人のいないそのグラスからは、 気高い香りがそこはかとなく漂い、
人々の記憶を優しくくすぐっていた。



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