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アラブからのメール [日常]

先日英文のメールが来て、添付もついてないし暇つぶしで開いてみたら、
アラブ人からだった。

何でも、
 ・自分はアラブ国営銀行に幹部として勤務している銀行家である
 ・うちの銀行にインドネシア大地震で死んでしまった男の3,000万ドルの銀行口座がある
 ・しかし男には身寄りが無く相続人がいない
 ・このままでは誰かが事務処理をしてその口座の金を奪ってしまうだろう
 ・ところでお前死んだやつと名前が近い。お前に相続させる手続きを取るから、
  分け前は折半しよう
という話。

胡散臭いことこの上ないのだが、無聊にかこつけて何通かやり取りしてみると、
 ・銀行に請求する手続きのために弁護士を選任する
 ・弁護士にはかくかくしかじかとメールを送って欲しい
 ・俺の名前は出すな。秘密を守って欲しい
と言われたのでそのとおり送ったら、弁護士からもメールが来て、書類を準備する、
といったところで現在連絡が途絶えている。

ちなみに、銀行家とやらはHesham Abdulla Al Qassim、
弁護士はBARR AMIN USMANといい、ググると確かに顔と名前は出てくる。
まあ、成りすましなんだろけど。

しかし「アラブ 銀行 詐欺」辺りで検索すると、同じような文面を送られたケースは
たくさんあるようで、この場合、弁護士の料金を振り込ませるスタイルらしい。

そりゃ、分かっては、いますよ。

ただ悲しいのが、3,000万ドルの半分がもしあったらと、いろいろ夢想してしまったことな。

正直な話、何とか日々生きるので手一杯で、金銭的にも精神的にも正直余裕が無い。
何か事を起こそうにも意欲も損なわれている。

本当に、炭水化物摂取と睡眠をとるだけの震える肉塊としての日々だ。

そんな中、それだけのカネがあれば、当面生きることに不安を覚えずに、いろいろできる。
珍しく、意欲的な気持ちにすらなってしまう。

夢想だけで楽しくなると同時に、自分の意欲が生活への不安でいかに損なわれているかを、
そしてそれが回復できる可能性が少ないことを、痛切に自覚してしまったわけで。

正直、まさかここまでとは思わなかった。

いやはや、参ったねえ。

アラブからのメールは、ある意味詐欺と同じくらい、心に傷を与えてくれましたとさ。

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銀座みゆき館にて [日常]

当ても無く銀座など散歩して、歩き疲れたとする。

飯時には中途半端だし、かと言って、酒を飲む気分じゃないときだってある。
となると、どうしたって、選択肢は喫茶店ということになる。

資生堂パーラーはブルジョアに過ぎるし、かと言って、スターバックスでもなく、
タリーズやマクドナルドでもない。

風月堂も悪くは無いが、やはり、みゆき館が好みである。

学生時代、多摩モノレールに乗っていった立川の駅ビルにみゆき館が入っていて、
当時の交際女子とふらり立ち寄ったのが初めて。

20年近く前の、きらり木漏れ日のような思い出。

そこで銀座にも店舗があることを知り、忘れたころに茶などを喫しに行くことに。

白とそしてわずかに赤をを基調とした店内はそれなりに瀟洒だが、決して広いといえず、
ゆったりと座れる椅子でも無いのに、不思議と窮屈さを感じない。

おしゃべりしている人々の声も、なぜか、それほど気にならない。
要するに、まあ、居心地がいいのである。

茶やコーヒーだけならいくらでも家で飲めるはずなのだが、それでは足りない。

結局求めているのは、飲み物だけではない、街であり空気であり人の声であり、
何だか得体の知れない空間の経験なのだと分かる。

こういうのを、贅沢と感じるべきか、人間性の回復と見るべきか。
もし後者ならば、回復すべき人間性とは何だろう。

などと小理屈考えているうちに珈琲を飲み終える。
回復したのは人間性何ていう高尚そうなものではなく、中年の疲労か。

こうして、当ても無い散歩に戻ることになるとある日常なんである。

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謹賀新年! [日常]

2018年、あけましておめでとうございます!

昨年は、勤務先での仕事の幅を広げることができたり、漫画の執筆協力をはじめさせていただいたりなど、周りの方々に助けられ、いろいろチャレンジすることができました。ありがとうございました。

一方で、身内や知人の不幸が続き、改めて、自分の人生が限りあるものであることや、自分が生きている意味について、考えさせられた年でもありました。

今年は、目の前のことを一つ一つ誠実にこなすとともに、できる範囲で困った人に手を差し伸べつつ、自分の人生を何か形にする方向性について、一歩踏み出すことができればと思っています。

それでは、みなさまにとっても良い2018年でありますよう、心よりお祈り申しあげます。
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家族とは [日常]

先日、新郎、新婦ともに面識がある、とある知人の結婚式に行ってきた。

やや右往左往する新郎と、何やら肝が据わった感じのする新婦に加え、
新郎の連れ子が要所要所で心憎く感動を振りまく。

新郎の勤務先の代表が新郎を紹介する際、

 ・通常二人で運ぶ鉄板を一人で運べる力持ちであること
 ・クライアントの注文に対しインターネットで検索してうまく対応できたこと

などのエピソードが紹介され、(もっと褒めるとこあるだろ。。。)と心中突っ込みを
入れてしまったが、式や披露宴、二次会は、楽しい企画はあったが、良くも悪くも平凡。

でも、これはこれで楽しかった。

そして、家族ができていくという現場に立ち会ったことで、何というか、
言い表しにくい、感慨が湧いてくるような気がした。

正直、双方の性格や環境から、彼らが家族を作ることに、部外者ながら不安が
なかったとは言えないし、そう思っていた人は多いだろう。

ただ、個人的には、ここ数ヶ月の間にそういう気持ちが失せていくのも感じていた。

例えば、以前新婦から聞いたこんな話。

同居のために転居し、家具を移動する際に、新郎が家具を足に落として怪我したそうだ。
彼が痛そうにしている姿に、不謹慎ながら彼女は笑ってしまったという。

「一緒に暮らすって、こうやって、面白いと思うつぼが違う人同士が暮らしていくこと
 なんだろうな、って思った」

その表情は、いろんなものがどこか腑に落ちた感じだった。

また、式の途中で新郎の連れ子が読み上げた、

「僕とお父さんは、ずっと二人で過ごしてきました」

という言葉。そこからは、これまでの深い深い寂しさや、これからの暮らしに新婦が加わって、
その寂しさが拭われるという、喜びと期待が滲み出ていた。

何というか、彼らは大丈夫だろうな、と思った次第。

そして不覚にも、家族を作ることに対し、憧れに似た気持ちが一瞬よぎってしまった。
いかんいかん。

身の程を知れと自分に言い聞かせた、ある秋の日のことでした。

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週刊誌、残影 [日常]

月村了衛さんの連載小説、『東京輪舞』にちょいと一噛みしたご縁で、しばらくの間、
『週刊ポスト』が届けられる生活が続いている。

せっかくとはいえ、根が怠惰なもので、正味の話、ほとんど記事を読む気がしない。

グラビアと政治と野球と芸能の話がメインで、たまに健康やお受験、あとは連載小説や、
コラム、エッセーなど。ところどころ、over60の熟年AVの広告が光る。

『東京輪舞』を除けば、敢えて読むのは、国友やすゆきの漫画くらい。

おそらくこの手の週刊誌、ターゲットはそれがしのような中年男性のはずなのだが、
どうも食指が躍らない。なんか、見出しだけでお腹いっぱいになってしまうのである。

もう少し寝かせてから読めば、また違う印象にでもなるのだろうか。

そんな思いを抱きながら、これからやってくるであろう週刊ポストを、何とはなしに、
待ってみる日々なのである。

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