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肴と蕎麦とカップ酒、蕎麦一。 [新宿]

酒飲みとして大人の階段を登るとき、ふと、蕎麦屋で一献という飲み方に憧れる時がくるのではないか。池波正太郎しかり、山口瞳しかり、吉田健一しかり、先人達を挙げれば枚挙に暇がない。

焼き海苔ではじめ、板わさ、腹が減ってれば、出し巻き、天ぷらなどもよかろう。お銚子を1本、いや2本ほど空けて、最後に蕎麦を手繰る。蕎麦はもりが基本だろうが、寒いときや身体を温めたいときは、かけも悪くない。さっと食らって、蕎麦湯を飲んで一服し、ほろ酔いで店を出る。

そんな一連の様式美。

雷門の藪も銀座のよし田もよいし、東京近辺なら名店には事欠かないだろうが、新宿なら、そして個人的な好みなら、三丁目、末広亭のはす向かいあたりにある蕎麦一がよいのである。

店内の短冊には、ちょっとした季節の肴がとりどり。夏ならば、みょうがの天ぷらあたりがよかろうか。湯葉刺しも好ましい。時期や場合によってある、氷頭なますやめふんも、物珍しくて悪くない。もちろん、定番の板わさや出し巻きなども素晴らしい。

で、酒。焼酎もあるが、やはり日本酒だろう。蕎麦一には、各地の地酒のカップ酒が用意してあり、これがよろしい。蓋を開けてグッとやると、酒の香りが喉を抜け、酔いがストンと腑に落ちる。ぼんやりと、肴をつまみ、酒を飲む。脳裏に浮かぶよしなしごとのうたかたは、かつ消え、かつ結びて、一切はただ過ぎてゆく。

仕事でも遊びでも学びでも無く、時間が、ただ流れるものとしての手触りで存在する。

時間の流れに存分に手を浸したら、現実がやってくる。蕎麦の時間だ。もりか、かけ。その日の気分で。蕎麦の歯ごたえと解き放たれる香りが、少しずつ、時間の流れのほとりと現実とを収斂させていく。美味しくもどこか儚さが否めない。

蕎麦つゆに蕎麦湯を注いですすり、コクを確かめつつ、蕎麦湯の蕎麦焼酎割を欲しがる気持ちをどうにか宥め、店を出る。そしてときにはその誘惑に身をゆだねてしまうのもまた、味わいの一つだ。

さあ、はしご酒が始まる。

≪蕎麦一(食べログ)≫
https://tabelog.com/tokyo/A1304/A130402/13060971/
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朝中華、龍門、辛口チャンポン麺 [新宿]

例えば、週末、新宿、ゴールデン街とかで飲んだとする。

飲むのはだいたい、夜から朝にかけてなのだが、そうすると当然ながら朝方に空腹を覚えることになる。心の中の井之頭五郎が騒ぎ始め、孤独の朝飯探しが始まる。とはいっても朝方の5~7時くらい、空いている店は限られてくる。

どこで何を食らうべきか。

丼なら吉野家か、松屋か。24時間開いている靖国通りの日高屋か、明治通り沿いのねこ膳も24時間営業していたな。蕎麦なら、区役所裏のいわもとQか、靖国通りの嵯峨谷か、あるいは、富士そばという手も無くは無い。

ラーメンなら、桂花ふぁんてんが確か4時から開いてたはずだし、神座も24時間だ、そうそう、遠くに行かなくても、ゴールデン街の凪は24時間営業じゃないか、早朝なら並んでないし。いっそ、靖国通りのバーガーキングでワッパーを食らうか。

こうして10店舗以上の情報が瞬時に脳内を錯綜する。悩ましい。

考えながらうろうろしているうちに、何となく、脳内に辛口チャンポン麺という選択肢が登場する。龍門でいいか。確か7時まではやっていたはずだ。

こうして、赤い看板の小さな中華料理屋に吸い込まれる。メニューが張られた店内、カウンターに座り、手持ちのメニューを見る。酢豚や青椒肉絲、空芯菜の炒め物、餃子や前菜など、一通りの中華料理はあるが、ここは辛口チャンポン麺一択の気分なんである。この時間だともう酒は要らない。

注文後、麺を打つ音(そう、ここの麺類は手打ちだ)や、具材を炒める音が耳を打ち、酒ではなく食い物を欲する胃袋が期待で蠢きだす。店内は基本中国語ないしは韓国語が飛び交い、何言ってるか分からないのがいい。BGM代わりに流れている朝のラジオも悪くは無い。

そんな店内に浸るうちに、辛口チャンポン麺が登場する。

第一印象は、(でかいな、、、)である。

大ぶりの丼には炒め具材が小山を無し、真っ赤な汁に浸っている。こちとらそれなりに腹が減っているので、そそくさと小山を崩しにかかる。

キャベツや何やらの数種類の野菜、きくらげ、エビ、イカ、タコなどがくんずほぐれつになっている具材を崩し、食らい、噛締め、雑多な素材を味わう。頃合を見て汁をすする。色に反して、そんなに辛くは無い。少し具材から隙間が見えたところで、麺を食いだす。手打ちの素朴な感じで、真っ赤な汁に絡んでこれはこれでよい。麺も丼にみっちりと入っており、炭水化物をガツンと食らっている感覚がたまらない。

若いときは喜び勇んで食えた辛口チャンポン麺、ときにはこれに餃子一皿を追加したり、さらにはチャンポン麺と炒飯のハーフ盛りなども食えたのだが、不惑を過ぎると一度に食える量がめっきりとはかなくなる。目の前のチャンポン麺との格闘で手一杯で、なかなか、井之頭五郎の食いっぷりというわけにはいかない。

自分の胃袋具合に応じて食い終えれば、確かに野菜と麺と汁を食ったという満足感にどっぷりと浸れる。文字通り、「食った、食った」という感慨。

機会があれば、辛口チャンポン麺以外の色んな料理を知人達とつまんでみたいという気も無いわけではないのだが、どうも龍門に知人を誘っていくのは面倒くさい。そんなわけで、行くときは常に一人、そして腹が減っているときは辛口チャンポン麺を食らい、そうでなく、軽く飲みたいようなときは、ビールと餃子を嗜んで帰るのだ。

僕にとって龍門とは、そういう店なのである。

≪龍門:食べログ≫
https://tabelog.com/tokyo/A1304/A130401/13039026/


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新宿御苑のある昼下がり [新宿]

先日オフの午後、一人、新宿御苑で過ごす。

昼どきの伊勢丹で酒の四合瓶と漬物を買いふらりと散歩。
水辺の草原にあぐらをかけば、カラスが一羽、ちょいちょいと
歩いている。

通常の威勢の良い鳴き声ではなく、どこか、
咽喉に何か詰まったような声。

よくわからんが、とりあえず、漬物をちぎって放る。
蕪、大根、胡瓜。1メートルくらい先に投げると、
そのたびに、カラスは嘴でそれを拾いに行く。

ちょっちょっとつまむが、すぐに吐き出す。
やはり漬物はカラスの口に合わんのか。

酒と併せても、漬物、うまいのに。

正面を見ると、水辺には鴨の艦隊が陣形を作り哨戒中。

持参した本は『対局する言葉―羽生+ジョイス』 (河出文庫) 。
羽生善治と柳瀬尚紀の対談。

風と水辺と草の匂いに酔い、あまり内容を理解しないまま
ページをくくると、柳瀬氏による私小説に傾斜した日本の
文学批判が面白い。

そりゃ、フィネガンズ・ウェイクと比べるのは酷だ。

思考がいったんルノアールに飛ぶ。

ルノワールは、ラファエルロの聖母子像を見て、
「何と見事な絵具の塊だろう」と言ったそうだ。
ここまでくれば抽象絵画までは一息だ。

同じ感動を与え、絵の具の塊ありさえすれば、
ルノワールの裸婦像でも、モンドリアンの
幾何学模様でも構わない。

つまり紙に印字された文字列が言語として把握され、
それが人の心を動かすものであれば、文学なのだろう。
そのことを自覚的すると、文体と内容の二元論が希薄化する。

口語散文は言語の自由度を高めたが、そのために、
形式が内容に劣後するという錯覚を生んだのではないか。

井上ひさしが喝破したように、樋口一葉の魅力は、
滅びゆく文語文と新しい口語散文の狭間に生まれた
麗しき徒花なのかもしれない。

このようなことを自意識的にやってのけたのが、
筒井康隆なんだろう。

日本語の小説という形式に関し、徹底的に懐疑的な
作品群はしかし、物語の洪水に埋もれてしまったと 思う。

そう考えると、エピソードの一つ一つは分かっても
全体のつながりがよく分からないまま魅力的な違和感
を残す村上春樹は、やはり海外の作家なのかもしれない。

ちなみに、将棋はよく分からない。

酒もあらかたなくなり、広い草原に出て昼寝に落ちる。
子どもらの声が随分と遠い。

いつの間にか日が傾き肌寒くなった閉園間近、
一合弱飲み残した酒を隠し、御苑を後にしましたとさ。

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新宿タイガー、一酔客から見て。 [新宿]

新宿のゴールデン街とかでちょいちょい酒を飲んでいると、やはり、新宿タイガーは避けて通れないだろう。日本で一番有名かもしれない新聞配達員。最近はドキュメンタリー映画にもなったし。決して親しいわけでは無いが、その稀有なビジュアルは否応にでも目に突き刺さってきて、忘れようとしても思い出せない。

そんなタイガーさんを見かけて10年以上、折々の遭遇譚を書いてみることにしよう。

酒場街を歩くと、店が一階であれば、その戸口の前に、ピンクを貴重とした布や何やらの塊としか言いようが無い物体が置いてある。タイガーさんがその店にいる証だ。個人的には、「タイガーの抜け殻」と呼んでいる。抜け殻があるときは、その店には入らないようにする。別にタイガーさんと話すことなど無いからだ。もっとも、タイガーさん自身、店で働く女の子としかほぼ喋らない。店の女の子を褒めちぎり、甲高い声で笑いながら、映画の話などをしている。例えその店が満員であろうと、他の男性客はまずもって、眼中に無いのである。別に不愉快というわけではないが、気持ちのいいものでもない。

ところがあるときである。

二階にある某店で酒を飲んでいると、タイガーさんが入ってきた。こちらも飲みはじめたばかりだし、そのまま席に居続ける。例によってタイガーさんが店番の女の子と話をしだす。タイガーさんがこちらを無視するのは分かりきっていたので、タイミングを見て、こちらもその女の子と別の会話をする。接客業は大変だ。しばらくそんなやりとりが続くと、ふとタイガーさんがこちらを向くではないか。ちなみにそのときは例のタイガーマスクのお面は外しており、素顔のままで。そして曰く、

「お前、顔はジャニーズだけど、心がゴキブリだなー!はっはっは!!」

褒められてるのかディスられているのかよく分からないが、タイガーさんが男性である僕に話しかけてきたことで、僕も、周囲の客も唖然。タイガーさん自身はそれほど機嫌が悪そうには見えなかったし、むしろ上機嫌そうだった。タイガーさんを見かけることはそれなりにあるが、彼が男の客に話しかけるのを見たのは、僕がタイガーさんを知る10数年の中で、それ一回きりであった。

またあるとき、某酒場で『北の国から』を見ていた。田中邦衛演じる黒板五郎が、東京に出稼ぎに出てくるシーン。画面には、30年以上前の新宿が映っている。今昔を思い画面を眺めていると、左上から右下にかけて、スーッと自転車を漕いでいる人が通り過ぎた。ピンクをモチーフとした装束、タイガーマスクのお面、誰がどう見たって、新宿タイガーその人である。ある意味田中邦衛以上のインパクトを残し、タイガーさんは画面から消えていった。

2016年春、火災直後のゴールデン街を闊歩する姿もまた、印象的だった。不幸中の幸いで、火災にあったのは街全体の一部ではあったが、大きく報道されこともあってか、ゴールデン街には普段来ないような多くの人が訪れていた。そんな街中を、ラジカセを響かせながら悠然と歩く新宿タイガー。その異相も相まって、注目を浴びずにはいられない。彼が歩く姿そのものが、ゴールデン街の日常なのだ、火事があろうが無かろうが、それは変わらないのだ、そんな心強さを感じたのである。

おそらくこれからも、タイガーさんとは街中ですれ違うだろう。ただ、決して親しくなろうとは思わないし、向こうにもその気は無いに違いない。ただ、新宿という街で酒を飲み、同じ時代を生きていたという、同志にも似たような気持ちをこちらが一方的に抱いているのである。どうか、末永くお元気であられんことを。

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ベルク、ギネス、豆ピクルス [新宿]

JR新宿駅東口改札を出て左、すぐ。向かいは立ち食い蕎麦屋。新宿で飲み食いする者の一人として、ベルクは敬意を捧げるべき場所の一つであろう。書籍や各種媒体で紹介されているから、僕ごときが屋上屋を架すことは無いのかもしれないが、自分なりのベルクを書いておきたく、どうかご容赦いただきたい。

そこは、朝からやってる小さなお店で、常に繁盛していて窮屈なはずなのに、どこか自分を滑り込ませることができる、貴重な場所。夕方の知人との待ち合わせにもちょうどいいし、あるときは、友人と立ちっ放しで四時間ほど話し込んだこともある。飲み明かした朝、酔い覚ましのコーヒーは格別だ。

個人的には、朝の10:00~11:00ころのベルクが最高だと思っている。ちょうど、モーニングとランチの間くらい。客で溢れてるベルクでも、この時間は少し席に余裕があり、座れることも多い。立つのも悪くは無いのだが、のんびりしたい気持ちの時には、やはり座れるとありがたい。

まず頼みたいのは、ギネスのワンパイントだ。丁寧に注いでくれるため、いささか時間がかかるのも、もどかしくてよい。ビロードのようなきめ細かな泡でできた液体は、香ばしくてやたら滋味深い、黒パンを飲んでいるかのようだ。当然、肴も欲しくなる。マストなのは、豆ピクルス。様々な豆の酢漬けは、噛んだ食感と酸っぱさで、目が覚める心地がする。

もう一品くらい欲しく、大体悩むのは、ニシンの燻製キッパーへリングか、豚肉の煮こごりのようなポークアスピック。ギネスとあわせるのであれば、燻された薫り高いニシンは鉄板だが、ポークアスピックのフワフワとした優しさとコク、それにバゲットを合わせたものも十分ギネスの肴になる。大抵このどちらか。

そして、椅子に腰掛け、読みかけの小説か何かにつらつらと目を通しながら、ビロードの泡と肴を存分に楽しむのである。もちろん、こういうときは独りがいい。

カレーもホットドッグもコーヒーも玉子かけご飯もソーセージも、また食べ物だけでなく、ギネス以外のビールも日本酒もワインも、ベルクにあるものはすべからく美味そうなのだ。しかし、なぜか独りでベルクに行くと決まってギネスとその肴を注文してしまう。混んでるから、あまり迷うのもよくないという心の焦りかもしれないし、自分にはそれが性にあっているといえばそれまでかもしれない。

おそらく、僕以外にも様々な理由や使い方でベルクを楽しんでいる人は多かろう。僕も含め、そんな新宿に集う諸人を何となく受け入れてくれるベルクは、これからも繁盛し続けて欲しいのである。

≪Webサイト≫
http://www.berg.jp/
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