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不同意性交罪、刑事司法への過剰期待の懸念 [警察・刑事手続]

性犯罪の無罪や不起訴がニュースになるたびに話題になるのが、いわゆる「不同意性交罪」を伴う刑法改正である。最近では、参議院議員選挙を前に共産党が不同意性交罪の新設と考えられる内容を公約に掲げたことで話題になった。

具体的な条文構成案が誰かから示されているわけではないので詳細は分からないが、要は、「当事者の同意が証明できない性交を処罰対象としよう」とする趣旨だと思われる。

まあ、一般的にありうる類型なのが、男性による暴行・脅迫を伴わず、女性が本心では好まなかった性交をした場合に、男性が処罰対象となる、といった形だろうか。

確かに、現行の強制性交罪の条文では「暴行・脅迫」要件があり、しかも捜査および裁判実務上この「暴行・脅迫」として求められる要件が高いとされ、特に、女性被害者が被害を訴えても、暴行・脅迫があったとは言えない、もしくは暴行・脅迫の程度が低いとして、証拠不十分の不起訴ないしは無罪とされるケースが問題視されてきた。

ちなみに、「暴行・脅迫」が無くても性交が犯罪になるものとして、現行刑法上以下のものがある。
・同意の有無にかかわらず、13歳未満との性交
・心神喪失ないしは抗拒不能に乗じ、ないしは心神喪失ないしは抗拒不能にさせた上での性交
・同意の有無にかかわらず、監護者が自ら監護する18歳未満の者に対し影響力に乗じて行った性交

ともあれ同意の無い性交は、男女双方にとっても苦痛なものである。では、同意の無い性交はそれだけをもって、刑事罰の対象とし、上記の現行法を超えて、不同意性交罪を新設すべきだろうか。

個人的には、不同意性交を刑事罰の対象としたい要請は理解しつつも、不同意性交罪の新設は筋が良くないと思う。最大の理由は、暴行・脅迫や、性交が犯罪となる上記の例と比べ、同意の有無とその故意という内心の立証が刑事司法の実務上難しいからだ。

例えば、住居侵入罪でも同意の無い住居等への侵入は刑事罰の対象だが、この場合、条文上は同意の有無とは異なり、「正当な理由」となっている。だから、人の住居に入る職務権限などを客観的に証明できるし、そのような権限があったことを誤信する環境も証明しやすい。

また、同意の存在について被告人に立証責任を負わせることは、有罪認定の主張・立証責任をすべて検察が負うとする刑事司法の無罪推定の原則から言って、認められない。なおこの点、刑法230条の2など、現行法でも若干の例外がある。ただそれらは名誉棄損罪など行為そのものが違法である場合の例外であり、性交そのものが原則違法であるという認識および条文構成をとらない限り不可能だと思うし、性交そのものを原則違法化するのは、いささか無茶な理屈ではないかと思う。

もちろん、刑事司法の実務上困難なのはさておき、象徴的にでも不同意性交罪を作り処罰対象を広げるべきという意見については、理解できないでもない。ただ、不同意性交罪の証拠を集めるために捜査で違法な取調べが行われて証言の信ぴょう性が争われたり、検察が公判で立証できずに無罪判決が増えたりすると、不同意性交罪での捜査・起訴が躊躇われて条文が死文化しかねず、逆効果ではないかと懸念する。

このように、不同意性交罪の新設については、個人的には不同意である。それでも、不同意性交罪の新設の声が根強いのは、課題解決の方法としての刑事司法にかける期待が過剰なのがその原因ではないかと思う。

確かに、刑事罰は、存在そのものの一般予防的な効果も大きいし、インパクトもある。しかし、刑事司法だけで性犯罪の被害を減らし、和らげ、できれば無くすことは不可能だと思う。

刑事手続きには、無罪推定の原則をはじめ、被疑者・被告人の権利を守るための様々なルールが存在しており、その遵守が求められる。もちろん、被害者の意向や存在を無視してはならないが、被害者の意向だけが通る手続きでは決してない。被害者がどんなに処罰意志が強くても、刑事裁判で検察官が犯行を証明できなければ、被告人を有罪にすることはできないし、それは決して不当なことではない。

性犯罪被害に対し、刑事手続きには限界があるのである。

誰しも、性犯罪の被害が無くなること、そして、仮に被害が発生したとしても、被害回復が速やかに行われ、被害を受けた方の気持ちが少しでも楽になることを願っているはずである。もし、そのような性犯罪被害の撲滅と被害者の保護が目的なら、限界のある刑事手続きに全てを期待することは誤りだと思う。

性犯罪の厳罰化や実務における認定などの刑事司法をこれからも不断に見直すことは、当然必要だろう。ただそれ以外にもやるべきことはたくさんあるのではないか。例えば、
・被害者を泣き寝入りさせない24時間の相談体制の整備
・民事手続きでのより容易な被害補償制度の整備
・被害者の医療費負担の軽減
・性犯罪への一般的な教育・啓蒙
・再犯を繰り返す人々への医療措置の普及
等々、考えるべきこと、やるべきこと、つけるべき予算はたくさんあるはずだ。刑法改正という一論点だけではない総合的な性犯罪被害対策こそが、求められていると思うのである。


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報道でよく見る「無罪推定」とは?狭義と広義のそれぞれの意味 [警察・刑事手続]

刑事事件の報道などでよく聞かれる「推定無罪」という言葉。

一般的な理解では、「何人も、刑事裁判で有罪と宣告されるまでは無罪として推定される」という意味合いで使われている。確かに、その意味が間違っているわけでは全く無い。しかし、実際の推定無罪に関する扱いを見ていると、常識的な知見からは辻褄の合わない、よく分からないことが出てくるのではなかろうか。

例えば、被疑者が検挙され、犯行を自供している際に、「有罪と宣告されるまでは無罪として推定される」のはおかしいのではないか、もう本人も認めているのだから、犯罪者として扱ってよいのではないのか。また、そもそも捜査段階である程度事実関係が明らかになっているのに、「無罪として推定される」というのはどういうことか、有罪と考えてよいのではないか。あるいは、「無罪として推定される」はずなのに、被疑者被告人はマスコミやネット上で叩かれておかしいと感じることもあろう。

ではいったい、「推定無罪」とはもともとどういう考えで、どのような目的や効果を期待されていて、それが当てはまる射程範囲はどこまでなのだろうか。それを理解するためには、「無罪推定」について、狭義と広義、二つに分けて考えることが役に立つと思う。そこで、それぞれの無罪推定の考え方について、ざっくり述べてみようと思う。

(なお、「無罪推定」と「推定無罪」と同じ意味。刑事訴訟法の議論では「無罪推定」を使うことが多いので、以下便宜的に「無罪推定」を使っていきます)

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【警察組織】知ってるつもり?交通、生安、組対について [警察・刑事手続]

警察と一言で言っても、その仕事の内容や仕事への考え方は、部門ごとに大きく異なるのが実際である。フィクションなどでは、いわゆる刑事部門や公安部門にスポットが当たることが多いのかもしれない。しかし、それら以外にも、日々の生活に密着した部門もあるし、存在は知ってるけど何しているか今ひとつ分からない部門もあるのではなかろうか。

そこで今回は、刑事でも警備公安でもない、交通部門と生活安全(生安)部門と組織犯罪対策(組対)部門を採りあげ、国の警察機関である警察庁における業務を中心に概説したいと思う。

1:交通部門~大正義「道路交通法」の守護神~

警察庁交通局を頂点とした交通部門の最大の特徴は、「道路交通法」に関するイニシアティブをがっつり握っていることである。道路交通法といえば、速度取り締まりはもちろん、道路の通行規制、駐車違反など道路交通に関してはまさしく憲法と言ってもいい法律。交通警察は、その改正や運用を一手にしている。

道路交通法の運用という意味では、自動車運転免許制度を欠かすことができない。自動車運転免許は、運転する人はもちろん、身分証明書としての価値もかなり高い。その保持者数は2018年で8000万人を超え、国民の三人に二人は保有している計算だ。8000万人を対象とする行政政策というのは、日本でもそうそうお目にかかれない、大規模なものである。

また、道路交通法は、頻繁に改正がされることでも知られる。例えば、飲酒運転規制の強化、駐車規制の強化、高齢者運転免許の見直し等々、枚挙に暇が無い。警察庁交通局は、ほぼ年中道交法改正のネタを検討していることに加え、上述の飲酒運転規制強化などの諸政策が特に大きな反対も無く、すんなり人々に受け入れられており、政策のプロモーションも巧みである。

このように交通部門は、道路交通法を軸とした、法政策のスペシャリスト集団なのである。

2:生活安全部門~法と政策のカオスにしてワンダーランド~

生活安全局は、刑事事件になる手前の様々な段階で警察が介入し、犯罪を抑止するのが主な任務である。当然、介入する根拠として、様々な法律や許認可を駆使する。そのため生活安全局も、法律や規制や政策を扱うことは交通局と同様である。ただ、何が違うかというと、その範囲の広さと脈絡の無さだ。

生活安全局が扱う法律は多岐に渡る。

・キャバクラや性風俗など風俗営業の基本法である風俗営業法
・古着屋や古書店などを規制する古物営業法
・セ〇ムやア〇ソックなどの警備業界を規制する警備業法(警備局の法律ではないことに注意!)
・探偵業法

といった業界を規制する、いわゆる「業法」の他、

・ストーカー規正法
・遺失物法
・銃刀法
・不正アクセス禁止法
・未成年者喫煙防止法
・未成年者飲酒防止法

など、道路交通法という大きな軸がある交通部門と比べて、大小取り混ぜ様々な政策分野を扱っているのがわかる。少年事件やサイバー犯罪と行ったいわゆる事件を扱うだけでなく、いわゆる「業法」やその他の法律を根拠に、様々な許認可行政を扱っていることが大きな特徴だ。

さらにいえば、交番やパトカーといった、鉄道警察隊といった地域警察や、知的財産関連、消費者問題、環境犯罪も、警察庁では生活安全部門の一つとされており、日々の暮らしの中で、交通警察と並び、よく接する部門と言えるのである。

このように、生活安全部門は警察の中でも、扱う分野の幅が極端に広く、他の一般の行政機関に近いところもある。いわば、様々な法や政策を駆使する、カオスにしてワンダーランドな世界なのである。

3:組織犯罪対策部門~刑事、生安、公安などのハイブリッド~

組織犯罪対策部門、特に警察庁刑事局組織犯罪対策部は、2004年に設立された比較的新しい部門である。その母体は暴力団対策部だったが、そこに、外国人犯罪対策、マネーロンダリング対策、そしてかつては生活安全部門が担当していた薬物・銃器犯罪対策を含め、役割が大きく拡充された。

組対は、犯罪の被疑者検挙を目的とするという意味では、刑事局と共通する。しかし、対象が組織犯罪であり、通常の犯罪捜査手法では摘発が困難であることから、様々な手法を用いているのが特徴である。

まず、組織犯罪対策処罰法における、通信傍受や、いわゆる共謀罪、刑事免責等によって、一般の刑事事件と比べて、捜査機関の権限がより強められている。

また、暴力団対策法を例にとると、暴力団という団体を定義・指定するとともに、その構成員の行為を行政命令で規制することにより、通常の刑法犯と比べて幅広く処罰の対象とすることが可能となっている。このように、法律と規制を用いて刑法犯の手前で警察が介入する仕組みは、生活安全部門の仕事の進め方に似ている。

さらに、犯罪を繰り返すことが疑われている組織に対しては、継続的な情報収集が不可欠である。そこで、組織内に情報提供者を求めることも行われており、その手法はテロ組織等の情報収集を任務とする公安警察に似ているところもある。

このように、組織犯罪対策部門は、刑事を軸としつつも、組織犯罪の特質に配慮し、生活安全や公安部門の知見を活かしたハイブリッドな構成になっているのである。


同じ警察でも、部門によって目的や考え方が異なる。フィクションの中や、自分が関わりを持った警察官がどの部門に属しているのか、またどの部門の経験が長いのかによって、その警察官の行動様式も変わってくる。警察を知り、民主的な手続きでコントロールし、そして楽しむためにも、警察への知識をクリアにしてみるのは、価値が無いわけではないと思うのである。

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そもそも「証拠」って何?~刑事裁判における証拠について~ [警察・刑事手続]

刑事裁判における証拠について、ざっとまとめてみました。

1:はじめに~そもそも刑事裁判における「証拠」とは?~

ある人に死刑にしたり、刑務所で懲役を受けさせたりなどの刑罰を課すには、刑事裁判の被告として有罪判決が下されなければなりません。

そして、刑事裁判の中でも重要なのが、事実の認定。すなわち、被告人が、起訴された原因となっている犯罪行為を行ったかどうかという事実を、裁判官(そして裁判員。以下断りが無ければ、裁判員も含め、裁判官で統一します)が認定するプロセスです。

もちろん、裁判官が事実の認定をするといっても、好きな参考資料を何でも使って、好き放題に認定してよいわけではありません。事実の認定は、証拠によらなければならないのです(刑訴法317条)。

証拠で事実を認定するというのは、当たり前過ぎると言えるでしょう。しかし、多くの事件では、報道や専門家の意見などがありますし、関連する文献もたくさんあるでしょう。加えて、裁判官の思想や信条、経験などもあるはずです。そのような外部の参考情報は、それがどんなに役立つものであっても、一定のルールに従い、裁判の場所(公判)に提出された「証拠」で無い限り、事実認定に使ってはいけないことになります。

例えば、被告人が自分の犯行について詳細に語った自白があったとしても、ルールに従った自白でなければ、証拠として事実認定に使うことはできません。その場合は、凶器などの物的な証拠、証人の証言、現場検証や様々な鑑定結果など、自白以外の証拠で事実認定をする必要があります。

このように、刑事裁判における「証拠」とは、一定のルールに従い、事実認定に使うことができる資料や情報のことを指します。

ではなぜ、そのような堅苦しいことをするのでしょうか。この後、個々のルールを概説する際にも触れますが、歴史上、刑事手続きは時の権力者や民衆の意思によって乱用され、気に入らない人々を迫害するために利用されてきました。証拠に関する様々なルールは、大げさに言えば、そのような乱用や迫害を少しでも減らすための、人類の工夫の歴史から生まれてきたものと言えるのかもしれません。

では、証拠を巡るルール(これを「証拠法」といいます)やその考え方にはどのようなものがあるのでしょうか。以下、簡単に見ていきましょう。

2:証拠能力と証明力
(1)証拠能力:事実認定に使っていいかどうかの判断
 証拠能力が無い資料や情報は、事実認定に使うことはできません。
 詳しくは、以下証拠法の内容を紹介するときに触れますが、例えば、取調べのときに拷問や暴行脅迫が行われ、被告人が自分の意思で語ったとみなされない任意性の無い自白は、それがどんなに犯行の証明に有効であっても、証拠能力はありません。また、要件を満たさない違法な捜索で差し押さえられた物的証拠も、証拠として使えないことがあります。このように、証拠能力は、あるかないかの二択で判断されます。

(2)証明力:事実認定にどれだけ役立つかの程度
 証拠能力と比べ、証明力は、より幅のある概念です。証明力の高い証拠として代表的なのは、やはり被告人の自白です。犯行の日時場所や、使った凶器、犯行の具体的内容など、いわゆる犯人しか知りえない情報が盛り込まれた自白は、事実認定上最大限の証明力があります。このことから、自白は「証拠の王」などと言われることもあります。
 一方、例えば、殺人事件において犯行現場に被告人の足跡があった、という証拠が出されたとします。この場合、「被告人の靴が犯行現場に足を踏み入れた」、という事実を認定することはできますが、これだけでは、「殺した」証拠にはならず、証明力が限られていることになります。
 このように、証明力は、事実認定にどれだけ役立つかの程度を示す概念となります。

 刑事裁判の事実認定では、検察側が証明しようとする犯罪事実の証拠を出す一方、被告や弁護人は、その証拠能力を否定したり、証明力を削ったりするために、反対尋問や証拠提出を行います。裁判官は、そのような証拠を巡るやり取りを通じて、事実を認定するわけです。

3:証拠に関する様々なルール(証拠法)の紹介
(1)「自白」の取り扱いに関するルール(自白法則、補強法則)
 証明力のところでも触れたように、自白は「証拠の王」です。実際、世界の刑事手続きの歴史は、被疑者被告人から、あの手この手で自白を得ようとする試みに満ち満ちています。当然、その過程では陰惨な拷問が行われてきました。また、拷問や強制による自白は、往々にして取調官のストーリーに迎合した自白となりがちであり、真実という意味からもかけ離れることが少なくありません。自白は、有力な証拠であるがゆえに、様々な問題をはらんでいるのです。
 中でも、注意しなければならないポイントは、
  ①自白を得る取調べの過程で、拷問・脅迫などが無いこと(≒任意の自白であること)
  ②事実認定において、自白に依存しすぎないこと
の2点です。刑事手続き上、主に①に関するルールを「自白法則」、②に関するルールを「補強法則」と呼んでおり、その基本的な考え方は、憲法38条の2項と3項にそれぞれ示されています。(この考え方を具体化したのが、刑訴法の319条です)
 憲法38条2項には「強制、拷問若しくは脅迫による自白又は不当に長く抑留若しくは拘禁された後の自白は、これを証拠とすることができない」とあります。これが自白法則。同じく3項には、「何人も、自己に不利益な唯一の証拠が本人の自白である場合には、有罪とされ、又は刑罰を科せられない」とあり、これが補強法則とされています。
 すなわち、強制や拷問によって得た任意性の無い自白は、自白法則によって証拠能力がありません。もっとも、実際の犯罪捜査では、自白を得るために捜査官が被疑者を執拗に説得します。ときには、声を荒げたり、拷問とはいえないまでも、心理的な圧力を用いるケースもあるでしょう。そのような捜査官の行為によって得られた自白に、任意性があるといえるか否か。これは、個々の刑事裁判で吟味されることになります。実際、自白の任意性は、自白事件の事実認定において最大の争点となることが少なくありません。
 また、刑事裁判で被告人を有罪にするには、自白以外の証拠が必要となります。補強法則は、自白への依存を防ぐ目的であり、架空の犯罪で被告人が刑罰を受けないようにするための法則と考えられています。

(2)被告人の反論を確保するためのルール(伝聞法則)
 伝聞法則とは、伝聞、すなわち、また聞きは原則としてそのまま証拠にはできませんよ、という仕組みであり、刑事訴訟法320条に定められています。では、伝聞証拠とは、どんなものでしょう?
 こんな例を考えて見ましょう。私(坂本勝)が、財布を盗んだ窃盗事件の被告人だったとします。証人のAさんが、『坂本勝が〇月〇日、△△のバーで、その財布を盗んだのを見た』という証言をした調書が証拠として提出されたことにしましょう。この調書が、私の盗みを証明するための証拠としては、伝聞証拠として扱われます。したがって、伝聞法則により、原則として証拠能力を否定されることになります。この証言を使うのであれば、例え証言内容が同じであっても、証人のAさんを法廷に呼んで証言してもらい、私および弁護人方の反対尋問を受けてもらわねばなりません。
 理由は、異論があって被告人が反論や反駁をしても、また聞きを記した書面からは回答を得ることができないからです。実際、証言するに当たっては、記憶違いや思い入れが含まれることは少なくありません。そのような記憶違いや思い入れを修正するには、文書の元となった証言をした人に尋ねる必要があります。すなわち、伝聞法則は、被告人の反対尋問の権利を保障するための法則なのです(憲法37条参照)。もっとも、伝聞法則には、被告人の反対尋問の権利だけでなく、法廷で裁判官が直接証人の応答を見ることによって、事実認定に役立つという目的もあります。裁判員裁判の場合は、特にその要請が強くなるのかもしれません。
 なお、法律上は、様々な理由でこの伝聞法則の例外が認められています(刑訴法321条参照)。ただ、また聞きを証拠にしないという伝聞法則の考え方は、刑事裁判を離れて、通常の議論でも役に立ちうる考え方ではないかと個人的には思います。

(3)捜査を適正に行うことを目指したルール(排除法則)
 刑事裁判で検察側が提出する証拠は、それ以前の捜査によって集められたものです。被疑者の身柄を拘束する逮捕や勾留、被疑者の家などに立ち入って証拠を探す捜索、財産を一時没収する差押さえなど、捜査は、被疑者の権利を侵害する要素がたくさんあります。もちろん、逮捕などの強制捜査は、法律上定められた手続きで行われなければならず、例えば、原則として裁判官の令状が必要とされるなど、権利の侵害を最小限にするように配慮されています(刑訴法197条など参照)。
 しかし、捜査は、迅速に証拠を集める必要が高いため、刑事裁判のような被告人の反対尋問権が被疑者には認められておらず、警察などの捜査機関のイニシアティブで進められます。そのため、捜査段階で違法に被疑者の権利を侵害する可能性が高くなります。排除法則は、そのような違法に収集された証拠の証拠能力を否定することで、捜査機関にいわばペナルティを課し、捜査の適正さを目指したルールです。
 排除法則が問題になるのは、主に物的証拠です。なぜなら、自白にはすでに自白法則を通じて、強制や拷問が抑止されうるのに対し、物的証拠には、そのような規律がありません。実際、排除法則については明文上の根拠規定は無く(憲法38条や35条などの意見はあります)、裁判例上の原則とされています。
 ただ、違法な捜索・差押さえや、近年だと、無断でGPSを設置し被疑者の行動を監視した捜査手法に対し、排除法則が議論されています。犯罪の状況に応じた捜査手法を考えていく上で、排除法則は無視できないものとなっています。

4:終わりに
 刑事裁判の事実認定は証拠による、一見あたりまえの話ですが、実は「証拠」と一口に言っても、証拠法の様々なルールによって規律されています。ちなみに、日本の法律では、刑事訴訟にこそ様々な証拠法があるものの、民事訴訟ではそのようなルールは無く、当事者同士の同意にほぼ委ねられています。証拠法は、刑事裁判が圧制や迫害の道具にならないよう、人類が積み重ねてきた経験と試行錯誤の結果であるといえるでしょう。技術の進歩に伴い様々な捜査手法が開発されたり、裁判員制度など裁判の仕組みも変化する中、証拠法の進歩は、現在進行中なのかもしれません。
 
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うろ覚え犯罪学~犯罪「者」対策から人と社会の相互作用へ~ [警察・刑事手続]

犯罪の原因を究明し、その防止や減少を図る手がかりを得るために研究されている学問が『犯罪学』。

犯罪学や、そこで考えられてきた犯罪という現象について、自分の思考の整理がてらに、はなはだざっくりとではありますが、まとめてみました。うろ覚えであり、かつ、できるだけ専門用語を使わないようにこころがけたので、ところどころの記憶違いや不正確な記述については、平にご容赦くだされ。

さて、犯罪学の大きな流れを見ると、個々の異常な犯罪者にどう対処するかという問題からはじまりつつ、徐々に、犯罪が発生しやすい環境をどう変えていくか、という視点にシフトしているようです。

そんな、近代犯罪学のはじまりは、19世紀の欧州にさかのぼります。

1:犯罪者は、生まれながらに犯罪者?

近代科学によって犯罪を分析した最初の業績は、19世紀イタリアの精神科医、ロンブローゾの『犯罪人論』(1876年)といわれています。ロンブローゾは、解剖を通じ、犯罪者の容姿や骨格などを細かく分析し、犯罪者に共通するとされる特徴を抽出しました。例えば、「大きな眼窩」や「高い頬骨」などがそれとされます。

『犯罪人論』では、同時に、このような特徴の遺伝的性質についても言及されています。この研究によって、犯罪者は生まれながらにそうなりうる資質を持っている、と結論付けられました。これを、「生来性犯罪人説」といいます。もちろん、生来性の犯罪人とされる特徴を持った人が全て法律上の犯罪を犯すわけではなく、今ではこの理論だけで犯罪対策が考えられることはまずないと言ってもよいでしょう。

実際、一定の容姿や遺伝的特徴を持つ人を法的な犯罪を犯すリスクが高いとして何らかの対策を採ることは、大きな人権問題となるに違いありません。ただ、それまで宗教や哲学の問題とされがちだった犯罪問題に対し、近代科学の手法で犯罪を考えはじめた点、やはりロンブローゾの先駆性は失われないと思います。

2:犯罪者は「環境」によって生み出される?

遺伝や身体的な特徴だけが犯罪者を生み出すわけではないとしたら、いったい何を犯罪の要因と考えるべきでしょうか?

20世紀に入ると、生来性犯罪人説への批判や、再犯問題などで懲役や罰金といった刑罰の有効性についても、疑問視されるようにもなります。そこで、犯罪者の育った環境など、社会的要因がクローズアップされるようになりました。

ここで重要視されるのが、救貧対策などの社会政策です。この考え方の主唱者であるドイツの刑法学者リストは、「最良の刑事政策とは最良の社会政策である」との言葉を残しています。社会政策重視のほか、累犯と初犯の区別や、偶発犯罪・計画犯罪の区別など、犯罪者の個別事情に配慮した刑罰制度も主張されるようになります。

このような、環境=社会が悪いから犯罪者が生まれるという考え方や、個々の犯罪者に対応した処遇をすべきという理念は、現代の我々にとっても比較的分かりやすいものと言えます。実際、犯罪者矯正の実務では、犯罪の性質や、心理学などを応用した犯罪者の心理的特長なども考慮されているようです。

一方で、ある意味常識的に理解しやすい考え方であるが故に、我々の多くがそこで思考を止めがちです。ただ、現代の犯罪学は、もう少し議論を深めているようです。それは、犯罪者個人を相対化する試みといえるかもしれません。

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